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「――やっと静かなとこに逃げられた」
――春の暖かさが、少しだけ冷やされたような風の中。縁側に腰掛けた総悟の言葉に、私は思わず笑った。
「そういえば今日はずっと囲まれっぱなしだったっけ」
「ったく何が面白れェんだか。こちとら見世物じゃねーんでィ」
「総悟の紋付袴は面白かったよ」
「ぶん殴らせろ」
眉間に皺を寄せたそいつをまた笑いながら「冗談」と返す。……実を言えば格好良かった。言ってやらないけど。
二人並んでぼうっと夜空を見上げる中、口を開いたのは私で。
「――一緒になったんだね、とうとう」
「あ?」
「名字とか、いろいろ」
その言葉が纏うのはなんとも言えない感慨だった。それと、大きな大きな幸せ。
私の言葉にそーだなとほんの少し口角を上げた総悟は、不意に視線を夜空へ移した。その遠くを見つめるような横顔を、いまだ幸せに覆われたまま見つめていれば。
「――昔」
「え?」
突然落とされたのはそんな音だった。遠くを見ている総悟が今一体何を言おうとしているのか、何を思っているのかは分からないけれど、続く言葉をじいと待つ。
宴の喧騒からは切り離されたかのようなこの場に声が落とされたのは、それから数秒してのことだった。
「昔お前を手放してたらと思うと、気が狂いそうにならァ」
「……それは、」
昔。その言葉が指すものなんて、すぐにわかった。
あの頃――あの、手紙を送り合っていた頃。どうやら私たちはお互いに同じ気持ちをもちながら、便箋には載せぬよう隠していたらしい。それを総悟から聞いたのはもう幾年か前のことで。
そしてその時、私は総悟が私の気持ちに気付いていながら自らの想いを封じ込めていた理由も聞いたのだ。どこまでも私のことを想ってくれているそれは嬉しかったけど、でも、ちょっとだけ切なくもあったのを覚えている。
(……だって、もしもあのとき総悟に迎えに来てもらえなかったら。)
私は今頃、やっぱりひとりぼっちのまま、武州のあの広い家に取り残されていただろうから。毎日毎日総悟の手紙を待ちながら、――きっと今のような幸せなんて、しらぬまま。
ありもしないたらればへ思いを馳せながら、なんて返せば良いだろうかなんて頭を回していると。
「――もし、あんときお前を手放してたら」
多分、私に向けたというよりは独り言。そんな空気をまとった言葉が月夜にとけた。
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文 - 何年経っても色褪せなくてついまた読み返してしまいます。ふっと笑えるところもあれば切なくなるところもあって、最後には幸せな気持ちになれて本当に胸がいっぱいになる作品です。 (12月2日 23時) (レス) id: 83faa383a3 (このIDを非表示/違反報告)
リィ(プロフ) - どんな幸せな終わり方だよォォォォォォ!!!!滅多に泣かないはずのボクが号泣するとかァ!!!めっちゃ面白かったです!神作品だぁ… (2022年5月18日 11時) (レス) @page40 id: a9f70234e2 (このIDを非表示/違反報告)
たろ。(プロフ) - 序盤めちゃくちゃニヤニヤしながら見てたけど後半号泣してしまった…最高… (2022年5月15日 0時) (レス) @page40 id: ba071d904f (このIDを非表示/違反報告)
ナナナ(プロフ) - なんですかこの神作品は。。。2時間かけて一気に読んでしまいました。。笑って泣ける、本当に本当に最高の作品でした。ありがとうございました、( ; ; ) (2022年4月26日 2時) (レス) @page40 id: 6431d8432b (このIDを非表示/違反報告)
なかむら(プロフ) - ぺさん» 遅レスすみません汗 書簡集、恋文の技術です!!森見さん大好きで……!同士の方と巡り合えてとても嬉しいです!もちろんこちらの夢小説はあちらの足元にも及びませんが(笑)、楽しんで頂けていたら幸いです! (2021年2月25日 21時) (レス) id: cefa07e7cb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:中村 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nakamura_/
作成日時:2017年3月4日 15時