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と「昔から、魔法みたいだよね。浅谷さんの笑顔って」
ん?魔法?褒められているらしいことは分かる、けど。
あまりにぼんやりとした形象に、暫く返事に迷った。
そもそも、昔っていつの事だろう。出会った頃?10年近くも前のことだし、昔にカウントされるんだろうか。
そんな頃から、私の笑顔が特別魔法のようなミラクルを起こしていた自覚は無い。
『まあ、笑顔って往々にして魔法みたいなものだか…』
と「ずっと、そこが好き」
時が止まった。
ずっと、そこが好き。
告白の言葉が、耳の中でこだまする。
『……え』
目と目が合う。としみつくんは、決して視線を逸らさなかった。
鋭い瞳をずっと見つめていると、なんだか飲み込まれそうで。
ああ、多分。今の私は、前にとしみつくんが言っていたみたいに、目が揺れてしまっているんだろう。
『なんで、こんな急に』
ようやく我に返って発した言葉は、今までに無いくらい動揺していた。
と「急じゃないよ。もうずっと前から好きだった。初めのうちは憧れで……仲良くなってからは、人として。けど、その頃には、浅谷さんはりょうと同居してて。付き合ってないとは言ってるけど、付き合う直前なのかなって思って、言えなかった」
ああ、なるほど。全てに合点がいくと同時に、想いの重みを痛感する。
と「だからずっと浅谷さんが一人暮らし始めたら、言おうと思ってた」
覚悟を決めているのか、としみつくんの声は低い。
と「僕と、付き合ってくれませんか」
色々な想いを飲み込んで、ひとまず私は口を開いた。
『ごめん』
きっとまた重い声で理由を聞かれるだろう。そう思っていたのに、その場には想定外にカラリとした声が響いた。
と「だよね。知ってる」
思わず目が丸くなる。目の前の彼はさっきまでの空気と一変して、へにゃりと笑っていた。
『なにそれ』
と「だって意識されてないのなんて一目瞭然だし」
伸びをして、そんな事を言ってのけるとしみつくんは、さっきまでと同じ人には到底思えない。
と「だから、俺としては今からが勝負って感じだから」
『え、』
言っている意味を尋ねたくて口を開こうとしたのに、その時にはもう彼は立ち上がっていた。
と「これだけ覚えてて。俺が浅谷さんのこと好きなんだって。今までも、これからも」
『……うん』
私の首肯を確認するや否や、としみつくんはキッチンへ向かう。
手の中のマグはもう、冷えきっていた。
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作者名:蚕虫 | 作成日時:2023年10月30日 21時