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としみつくんの車は地下の駐車場に停めてあった。
乗り込んでしばらく、彼はじっと私の手を温めてくれている。
私もマトモに喋れそうになくて、じっとその手を見つめていた。
もう、あの瞬間の恐怖は消え去っていた。
ただ、思わぬほど潜り込んでしまった冷たい海の底から抜け出すのに、暫くかかるといった感じだ。
としみつくんの手は、てっちゃんと違って湿っていなくて。でも私より随分温かい。
一回り大きな手に包んでもらっているだけで、次第に気持ちは凪いでいた。
『ありがとう』
喉が開いたのが自分でも分かる。としみつくんの瞳が見開かれた。
なにかに驚いている顔だ。彼は暫く何かを噛み締め、上目遣いに小さく頷いた。
と「飲み物、買いに行こうか」
『ううん。後でいい』
大丈夫だ。声量も戻って、指先に温度を感じる。大丈夫。
『っ……あー!ホントに助かった。何してたの?』
いつもの調子と笑顔で尋ねると、パッと両手にあった温もりが離れた。そして、今まで合っていた視線も合わなくなる。
あ、こっちもいつものとしみつくんに戻ったなという感じがした。
と「今度、浅谷さんへの押し売り選手権するじゃん。それの買い物」
『……あ、』
と「?」
そう言われて気がついた。今日の外出の意味を。
と「浅谷さんこそ何してたの。一人じゃないよね」
『うん、りょうくんと来たんだけど』
恐らく彼も私への押し売り選手権の商品を探しに来たんだろう。一緒に街を歩いている中で、何度も私の視線の先を気にしているなと思った覚えがあった。
『多分、りょうくんも選手権の買い物に行ってると思う』
と「え」
としみつくんが絶句した。
と「なんでりょうが……喧嘩したの?」
『ん?してないよ。ヒールだし気遣ってくれて、一人で出てったんだよね』
納得がいっていない顔で、彼は唇を歪めた。
と「でも、そんなの……りょうらしくなくない?」
『そう?めちゃくちゃりょうくんじゃない?』
と「いや。アイツは一人になりたくないって言ってる子を、一人にはせん」
…………あ。
『ごめん。多分勘違いしてる。私、りょうくんにウチの事情話してないよ。知ってるのは、てっちゃんとしばゆーと……としみつくんだけ』
肩がびくりと揺れた。
と「なんで言っとらんの?」
『え?』
なんで……と言われたら困るけど。
『迷惑かけたくないから?』
私の言葉に、としみつくんも困った顔をした。
と「彼氏なのに?」
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作者名:蚕虫 | 作成日時:2023年10月23日 10時