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苦しい。
目の前の男が、父にも金を求める亡者にも悪魔にも見えた。
怒涛の展開のままに首を絞められている。
それでも私は、当たり前のように状況を享受していた。
きっともう、絞められて当然のことをしたんだ。私が全部悪いから、この人はこうやって私を殺そうとするんだ。
脳みそがどんどん退化していく感覚がした。
幸せが全て、不幸せに置きかわる。
この世界に、私とこの人以外の誰も居ないような感覚。
首を鷲掴みにされたまま、汚い軽トラに押し付けられた。
あぁ、拉致られるなと直感する。
そしてその直感と共に、意識が遠くなってきた。
酸素が足りてないんだ。息も上手くできない人間だから。
て「A！！」
不意に温かい声が聞こえた。
途端に首から手が離れ、私はその場に崩れ落ちる。嗅ぎ慣れた香水の匂いが近寄ってきて、そして私を包んだ。
て「修……さん。なんでここに」
「あぁ、いや。顔見に来よっただけ。もう帰るし」
て「いや、帰すわけ、」
「なぁ、A！帰ってええよな？！」
コクコクと頷いてみせると、男は満足気に笑って、軽トラに乗り込んだ。てっちゃんが慌てて私を車から引き離すと、すぐさま軽トラは走り去っていく。
気付けばもう、そこにあの男が居たという証拠は何一つ残っていなかった。
て「A、大丈夫。もう居ないから」
『ごめん、てっちゃん』
息が吸えてないから、上手く言葉に出来たかも分からない。それでも、てっちゃんには伝わっているという安心感があった。
『ごめん』
て「謝らんくて良いって。家族でしょ？俺ら」
『……うん』
背中を何度も覚えのある手が往復した。温度と湿度が異様に高い、てっちゃんの手だ。
て「大丈夫」
『……うん』
何度も繰り返される大丈夫に、笛のように甲高い音を立てていた喉が収まってきた。目眩も落ち着いて、あたりが見えるようになる。バクバク暴れていた心臓も、てっちゃんのものと一体化してきていた。
『修さん、行った？』
て「大丈夫。もう帰った。ここにはもう、としみつと俺しか居らんよ」
『え、』
としみつくん？
慌てて顔を上げると、泣きそうな困り顔のとしみつくんがそこに居た。
全く気づかなかった。純粋に驚くと同時に、申し訳なさで胸がいっぱいになる。酷い有様を見せてしまったに違いない。
ただ、申し訳ない気持ちになったのはとしみつくんも同じみたいで、目が合うなり頭を下げられた。
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作者名：蚕虫 | 作成日時：2023年10月6日 3時
