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『母親は顔も知らない。物心ついた時には居なかった。お兄ちゃん曰く、ストレスで病気かかって、私を産むなり死んじゃったんだって』
あとは、祖父母だっけ？
『父方は息子がそんなんだから関わりたくもないみたい。普通の家庭らしいから、お金せびられるのも嫌なのかもね。母方は存在すら聞いたことないから、多分もう赤の他人みたいなものだと思う』
しばゆーの深い溜息が夜空に消えた。
し「ウチもなかなかだと思ってたけど、上には上がいるなぁ」
『正確には下には下がいるなぁ、ね』
笑えないツッコミに、また溜息が増える。しかししばゆーは光明を見つけたようで、瞳を輝かせた。
し「そうやん！お兄ちゃんは？！」
『あー、むしろそこが一番重いんだけど、』
肩を落とすしばゆーにごめんねと口先で言って、私は覚悟を決めた。
『まあつまり、私は当初父親にアイドルをやらされてたんだけど……父親も不摂生で私が15歳でデビューするちょっと前に死んだのね』
し「あぁ……」
人が人だけに、ご愁傷さまとも言えないしばゆーが微妙な反応をした。
『で、そこに入れ替わりのようにお兄ちゃんが病気になったの』
正直、DVやらなんやらよりもそれが一番辛かった。
『お兄ちゃんは、本当の私の育ての親みたいな人だったから。あの親から生まれてきたとは思えないくらい、ちゃんとした人だったし、私を大切にしてくれた』
だから、私は必死に働いた。
『入院費を稼げるように。手術代になるように。必死に働いたけど、ダメで。…………2年間闘病して、18の時に天国に行っちゃった』
し「俺ともう知り合ってるじゃん」
『そうだよ？裏でこんなだったんだから、私』
アイドルをして、兄の病院に密かに通って、アイドルをして。それなりに多忙だったと思う。
だからこそ、糸が切れたのかもしれない。
『お兄ちゃんが死んだ瞬間、分かんなくなったんだよね。私、なんでアイドルなんだろうって』
きっかけはお金だった。頑張ろうと思えたのも、お金ありきだった。でも、お金が要らないとなった瞬間、どうすればいいのか分からなくなった。
染み付いていたはずのアイドルとしてのパフォーマンスが質の落ちたものになっていることを察して、私は一目散に願い出たのだ。
『その日に事務所に言いに行った。今、辞めさせてくれないのは分かるから。せめて、20歳になる誕生日に辞めさせてくれって』
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作者名：蚕虫 | 作成日時：2023年10月6日 3時
