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し「実家帰ってたの？」
さらりと聞かれて驚いた。そうか、もう付き合いとしては10年近いのに、私はまだしばゆーに何も言っていないのか。
重いかな、と躊躇う。
でも、2人きりで話す機会なんて滅多に無い。
それになにより、しばゆーが自分から脱退の話を切り出したのは稀だった。それなりに今この瞬間、しばゆーと私の関係値が上がりつつあるんだろう。
それなら。私は覚悟を決めて、口を開いた。
『言ってなかったんだけどさ、』
し「うん？」
月を眺めていた細い目がこっちを見る。見知った瞳のはずなのに、どうしてか緊張した。
それはきっと、てっちゃん以外の人にこんな話をした経験がないからだろう。
そもそもざわくんの家のこともあって、実家の話題はあまり出ないし、出てもてっちゃんがフォローしてくれる。
だから私にとって、自分を曝け出すのは初めてだった。
『私、実家無いやんね』
ぽつんと浮いた言葉は、受け取って貰えず宙を漂った。暫くしてから、「ん？」と首が傾く。
し「それは……物理的に？心理的に？」
『両方』
ズバリと答えると、重さにしばゆーはよろめいた。
し「なにぃ。初耳なんだけど」
『うん。私も初めて他人に言ってる。普通に緊張する』
し「いいの？言っちゃって」
今なら引き返せるよ？そう暗に含まれた言葉に頷いて、私は続けた。
『私ね、アイドル始めたのも不純な動機なんだ。ウチの家、元々父親がド屑でね。所謂DVとギャンブルと酒と煙草と借金に塗れた無職で、お金無いからってジュニアアイドルさせられそうになったの』
し「じゅにああいどる」
『ロリコン向けのやつ。今はもうちょいマトモなのもあるかもだけど』
淡々と答えると、しばゆーが「おぉ」とか「うぅ」とか唸った。なんとなく、私がどう扱われていたか察したんだろう。
『でも、お兄ちゃんが反対してくれて。代わりにもっとお金稼いでくるって条件で受けたのが、元居た事務所』
あそこに入れたのは、人生の中でも類を見ない幸運だった。芸能界でも珍しく、タレントに優しい事務所だったから。
『初めは研修生っていうのしてたんだけど、そこでもちゃんと外仕事ではお金貰えたから。それを実家に送ったりしてた』
し「あーのさ、」
珍しく口を挟んできたから黙ると、額のシワをそのままにしばゆーが尋ねる。
し「お母さん、とか。おじいちゃんおばあちゃんとかは？」
尤もな疑問に、私からは呆れた笑いしかでなかった。
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作者名：蚕虫 | 作成日時：2023年10月6日 3時
