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やがて電車が最寄り駅に到着し、私と彼は並んでホームに降り立った。夕方の半端な時間である事もあってか、改札を抜ける人の数は然程多くはない。
夕陽に照らされて、アスファルトに二人分の長い影が並んだ。普段のパンプスよりも更に高いヒールの靴は、やっぱり少し歩きにくい。そんな私に合わせて、彼がいつもよりも歩く速度をかなり落としてくれているのが分かる。ありがたいと思っていると、ふと、右足に違和感を覚えた。
「あ、ちょっと待って。靴に石が入っちゃったみたい」
「ああ、うん」
貸して――と手を伸ばす彼に荷物を預けて、パンプスを脱いでひっくり返した。爪先から小さな石が一粒コロンと転がり落ちる。いつの間にやら入ってしまっていたらしい。靴を履き直して、彼に預けたバッグと紙袋を受け取る。
「ごめんなさい、ありがとう」
「いえいえ。……しっかし、まさかAがキャッチするとはなぁ」
彼の視線は、私の手元に戻った紙袋に向けられていた。引き出物ではなく、頂いたブーケの入っている方だ。
「Aの部屋、花瓶あったっけ」
「それが無いのよね。とりあえずペットボトル辺りで代用するけど、ちゃんとしたやつ明日にでも買いに行こうかしら」
以前、テレビ番組で伊沢さんが花を活けたいという企画をやっていた事を思い出す。ペットボトルでも飾り付ければ花瓶の代用になると言っていたが、折角だしこの機会に一つぐらい花瓶を買ってもいいだろう。
ふーん、と続けた彼はそれっきり黙り込む。彼が何か思案している様子の時の真面目な横顔が、どんな彫刻よりも綺麗に見えてしまうのは惚れた欲目だろうか。
時間にしたらほんの数秒だったかも知れない。沈黙の後、不意に彼が
「……あのさ」
と切り出した。
「A、知ってる? 元々、社内でこっそり『Aさんもそろそろなんじゃないか』って話が出てるの」
「えっ? 何それ、初耳だわ」
「指輪着け始めたじゃん」
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奈都(プロフ) - のんさん» コメントありがとうございます。それぞれの気持ちに寄り添って書いてきたつもりではあるので、感情移入して頂けているととても嬉しいです。やっぱり最終的にはきっちりゴールインしてほしい…!と思いつつ亀の歩みですが、これからも見守って頂けると幸いです。 (2021年10月1日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
のん(プロフ) - 更新に歓喜です‼︎Gravityから読ませていただいている側としては感情移入しすぎて、若干泣きそうになりましたが、結婚考えてくれてたんだとホッとしました(笑)何度読み返してもキュンとできる奈都さんの小説、、私の元気のもとです! (2021年9月26日 2時) (レス) @page31 id: 1f7bb03b81 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:奈都 | 作成日時:2021年1月31日 13時