sound ページ9
想像してはいたけれど、智は教師にはたいがい嫌われていたし、同級生には恐れられていたし、先輩には目をつけられていた。
その事実が確信に変わったのは、ある晴れた日の昼休み。
いつものように俺は、音楽室でピアノを触っていた。
ベートーベンのピアノソナタ第23番「熱情」。
第一楽章は波のように浮き沈む心を表現したかのように、静かなパッセージと早くて情熱的なパッセージが交互に繰り返される。
音の波に乗り始め 鼓動も速くなってきたころ、ちらりと目の端に映った人影。
「あ…」
ぴた、と指を止めるとその人は残念そうな顔をした。
「やめないでよ」
また、グランドピアノの屋根のところに頬杖をついてる。
「いつも急に居るから、びっくりすんだもん」
「ねえ弾いて、続き」
俺はこの人との会話のつながらなさにも慣れてきていた。
ハイハイ、とため息をつき再び鍵盤をたたく。
智がピアノを聴きに来るのはいつも唐突で、3日続けて来ることもあれば1週間来ないこともあった。
それ以外の昼休みに彼が何をしているかは分からなかった。
だいたい、まだ学年も聞けていないのだ。
だけど回数を重ねるごとに、態度にはあまり出さないものの、智がだんだん心を許してくれているような気がした。
「はぁ……よく先生はこのピアノで気持ちよく弾けるよね」
弾き終わりの1音のチューニングがずれていて、不快な思いをそのまま零した。
「これダメなピアノなの?」
智が無垢な表情でこちらに回ってきて鍵盤の前に立つ。
トン、と長い指で白鍵をたたいて、「わかんねえや」と笑った。
「古いけどダメじゃないよ、手入れされてないだけ」
椅子の真ん中に座っていたのを、大きく左にずれると右にスペースができる。
座れよ、というふうにポンと軽く叩けば、智は素直に腰を下ろした。
椅子を半分こして座る。智がでたらめに弾くので、少し笑って、片手で簡単なメロディを弾いてやる。
「弾いてみ?ホラ」
俺の指の真似をして智の指が動く。
オクターブ違いのメロディがぎこちなく追いかけてきて、くすぐったい気持ちになった。
「上手いじゃん」
「まじ?才能ある?」
「そこまで言ってないし(笑)」
珍しく会話が会話らしく繋がって、嬉しくてケラケラ笑ってた。
そしたら、バタン!と強い音がして
二人で鍵盤に落としていた視線を、パッと上げると
音楽室の入り口の扉を開けた生徒指導の先生が
険しい顔して、立っていた。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時