determination ページ47
少なくとも俺が今までに触れた物語では、野球選手でも、サッカー選手でも、ユーホニウム奏者でも指揮者でもなんでも、
大事な大会までには、何があったってスランプが来たって、それを乗り越えていた記憶がある。
少なくとも、俺が今までに触れた物語では。
だけど俺は、たった1日ピアノから離れたからといって(午前中練習したから半日?)
”弾けない”のがスッキリ治るなんてことはなかった。
「…まあ、スランプってやつ?時期が被っただけよ。そんなに落ち込まない」
コンクールで、なんにも結果を残せずに会場を後にした、その帰りの車で、母に慰められた。
俺は、ただ黙って、窓の外を過ぎていく景色を見ていた。
「帰ったらケーキ食べる?お父さんの誕生日のやつ、めっちゃ余ってるんだけど」
「ん…」
智と海で過ごしたあの日、俺は夜遅くに家に帰って、ピアノに触れずにそのまま寝た。
次の日の朝は、なんだかものすごく気持ちがよく目覚めて、もう弾けるって…そんな気がしたのに。
焦っているわけでも、手が痺れるわけでもないのに、音符を落としたりミスをするわけでもないのに。
ただ、【思うように弾けない】のだった。
「母さん…」
「ん?」
高速道路を走っていると、景色があまり変わらない。
だから俺は、下道の方が好きだ。
「今日の俺の演奏、どうだった?」
母はピアニストとして、食っていけるほどの実力がある。
しかもピアノだけが友達なんてこともない。母の周りはいつも笑顔が咲いている。
「ん〜…」
ハンドルを握る俺より小さな手。オクターブ、届くのだろうか。
そういえば、母が演奏するピアノを、聴いたことがない。
「良かったわよ」
7年も乗ってる中古の軽自動車で、しゃれた乗用車に負けないぐらいのスピードを出す。
この車はカーブのときにキュルキュルと危ない音を出す。もう買い替え時なんじゃないかって思う。
「あんな落ち着きのないシベリウス、誰が聴きたかったんだって思うけど(笑)」
「俺、焦ってた?」
演奏中は、弾けないのを言い訳にする裏付けみたいに、頭が真っ白だった。
バックミラー越しに、運転する母と目が合う。
「そうね…、焦ってたっていうか、…気が散ってた」
「集中できてないってこと?」
「あんた最近……ピアノの他に、考えることが増えた?」
頭の中では、シベリウスの「13の小品」がいつまでも流れてる。
高速道路には、信号がない。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時