Tears ページ45
.
「智、寒くない？」
もう海に入るのは気が引けて、砂浜でひざを抱えて座っていた。
夕日がゆるやかに落ちていくのを、無言で二人で眺めた。
智は海に入って泳ぎたいだろうに(さっきは泳いでるところを俺が邪魔したようなもん)、俺に付き合ってくれているのか、隣でゴロンと仰向けになっている。
口をぽかんと開けて、暗くなり始めた空を、見るともなく見ている。
「ねえ、寒くない？」
借りたままのパーカーが申し訳なくて、しつこく聞く。
智は未だ、上に何も着ていない。
さっきからなんにも反応しなくなったけど…
夜風が頬に当たって だいぶ涼しいのに、寒くないんだろうか。
「智ってば…、」
水分量の多い目が、キラキラ光っていた。
星の光を受けているのかと思ったけれど、まだそんなに星は出ていない。
ふいに、長い睫毛がふるりと震えたと思ったら
ぱち…とひとつ、まばたきをして
目の端から、ひとつだけ、透明な雫がこぼれた。
え…？
あまりにも自然に、表情を変えずに落とされたそれは、形の良い耳を伝って砂浜にシミをつくった。
だから、それが涙だって気づくのに、すこし時間がかかった。
「どうしたの…？」
降り始めの、雨みたいに
ぽつ、ぽつ、ぽつぽつ…と、涙は勢いを増していき
だけど智は、端正な顔を崩さずに、ぼうっと夜空を見ていた。
「なに…、どっか痛い…？」
薄い胸板が、深くなる呼吸に合わせて、上下していた。
自分が泣いていることに気付いていないのか、智は拭おうともしない。
「……だ…に…、… …」
微かに唇が開いて、ささやくように放たれた言葉は、しかし俺には届かない。
「なぁに？…どうした…」
ぽろぽろと止まらない雫を、そうっとパーカーの裾で拭った。
ふつうに触れたら、壊れてしまいそうだった。
「…だいじ に…」
「うん…」
うすいピンクのパーカーの裾が濡れて、そこだけ変な形に濃くなる色。
智の小麦色に焼けた肌に、良く似合うサーモンピンク。
「…大事に……、しないと…な…」
その言葉の意味は、これっぽっちも分からなかった。
(思えば、智の言葉の意味も 心の中も、分かったことのほうが少ない)
でも、この涙を止めるためには、分かったふりをするしかなくて
「そうだね？」って、ぎこちない微笑を向けることしか
俺にはできなかった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 185人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：きんにく
| 作成日時：2020年4月19日 0時
