Sea is danger. ページ39
「あら、和也どこ行くの?」
玄関でシューズのつま先をとんとん蹴っていたら、
目ざとい母親に見つかった。
「べつに。ちょっと出るだけ」
休め、イヤだ、とあんなに張り合った昨日。
なんだか俺が言い合いに負けたみたいで癪に障る。
だからわざと不機嫌に答えた。
「ふうん…?」
ほら見ろ。勝ち誇ったような顔しやがる。
夕飯を作っていたのか、持ったままの菜箸に、炒めすぎた玉ねぎのかけらがくっ付いている。
「気をつけて行ってらっしゃい?」
俺によく似た口の形で(俺が母に似てるんだけど)シニカルに笑って送り出された。
行ってきますの代わりに「うん」と短く頷いて玄関を出た。
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自転車を漕げば、風が髪を遊んで抜けていった。
半袖のシャツがパタパタと空気を含んでいく。
からだじゅうが、どんどん空気で満たされていく。
それが堪らなく気持ちよくて、このままずっと海に着かなくてもいいような気さえした。
太陽が、水平線に近づくころに、自転車を留めて砂浜へ降りた。
「うわ…」
深いブルーの海が、太陽に反射してなみなみと輝く。まだ昼間の色だけど、これからすぐにオレンジになるだろう。
黒糖みたいに柔らかそうで細かい砂浜は、貝殻一つ落ちていないように見えるほど滑らかだった。
右の方に目をやると、サスペンスドラマに出てきそうな海崖が見えた。
ごつごつとした岩。切り立った崖。強めの波がザブンザブンと打ち付けている。
貫禄のある刑事が『飛び降りて償える罪なんてねぇよ…、生きて償え…お前ならできる…』
と、崖から飛び降りようとした犯人を宥めるシーンで、母が号泣していた記憶がある。
思い出すとおかしくて、クスリと笑った。
「へえ……あんなのあったんだ…、…って…、アレ…?人…?」
ふいに、断崖絶壁の先っちょで、人影が揺れた気がして
小走りに近づいてみると、それはやっぱり人だった。
逆光で顔はよく見えないけど、同じ年代くらいの背格好だ。
それが、ふらふらと崖の終わりまで進んでいく。
【あんなところで何してるんだ?】と、【まさか…、】を半々くらいで思った。
心の中で【まさか…、】が7割くらいを占めたとき、
その人影が、トン、と岩を蹴って、
海に落ちた。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時