reverbration ページ4
トン…と最後の1音から指を放して、あまりよくない音楽室のピアノでショパンを一応弾きあげた。
上目で彼を見ると、薄く開いた唇から ふ…、と取りこぼした雫みたいなため息が漏れたところだった。
聴き入っていたようなその反応は、少なからず俺の自尊心を満たし…つまりなんだか嬉しくて
ちゃんとした音の出るグランドピアノだったら もっと良いのを聴かせられたのにと、なぜか惜しい気分にもなった。
演奏後の充実感からか、ちゃんと聴いていてくれたことへの満足からか、不良っぽい雰囲気の彼への不信感は薄れていて、そしたらこの沈黙を破りたくなった。
「知ってんの？この曲」
まだ音の余韻に浸るようにぼうっとしていた顔が、ぱちんと目覚める。
彼は透明感のあるその瞳に俺を映した。
しかし…
「コレ弾いてたら悲しくなんの？」
俺が放った会話のキャッチボールの第一投は、フルスイングで場外に飛ばされた。
「え？」
「泣いてるみたいだったよ？」
俺の反応なんてフル無視で、無垢ともいえる表情で彼は言う。
「ああ…、うん、この曲はね…たしかに悲しい感じの旋律だから…」
それでもどうにか会話を繋ごうと、気を取り直して俺は彼に笑みを向けた。
そしたら、さっきまで比較的やわらかだった彼の表情が、にわかに曇り…
「ちがう、おまえが弾いてるからだろ」
高圧的な冷たい視線を投げられる。
豹変ともいえるその変化に、俺は戸惑った。
「旋律じゃない、おまえが泣いてるみたいに弾いたんだ」
怒ったように言われて、困惑の中でその言葉の意味を飲み込んだとき
誰か知らない人に、胸の中をぐちゃぐちゃにかき回されたような感覚に陥った。
ピアノを弾くときは、何かを忘れたいとき。
学校に居るときは、学校に居ることを。家に居るときは、家に居ることを。
ここにいることを忘れたくて忘れたくて…
でもどこに行きたいのかは、分からない。
『泣いてるみたい……』
俺は、泣いていたのかもしれない。
どこかに行きたくて、どこにも行けなくて
ピアノに縛り付けられたくないのに、ピアノしか感情を吐露するところがない。
不自由で、もどかしくて、悲しくて、泣きたくて
そんな心の内を、音の羅列に無意識に組み込んでいたのかも しれない。
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作者名：きんにく
| 作成日時：2020年4月19日 0時
