encounter ページ3
彼と出会ったのは、ちょうど高校1年生の6月あたま。毎日雨が降っていた頃だった。
じめじめとした音楽室。
田舎の公立高校の教室は、どこもカーテンのカビた匂いがする。ココも例外じゃない。
ピアノの音がしなくなった音楽室は静かで、グラウンドで昼休みを過ごす生徒たちのはしゃいだ声が遠くで聞こえた。
「もう弾かないの?」
突然声をかけてきて演奏を止めたのはソッチなのに、不思議そうな顔で俺を見てくるその人。
金に近い茶色に染められた髪をツンツンに立てていて、いかにも悪そうな雰囲気だ。
目だけが……その焦げ茶色の瞳だけが、子どものような透明感を持っていて見た目とアンバランスだった。
「いや…まだ弾くけど」
授業で当てられる以外に学校で口を開いたことがなかったので、久しぶりに出した声は掠れていて、急に訪れた会話というミッションに胸の鼓動が速くなった。
「弾いてよ、さっきの」
初対面で自己紹介もなしに進んでいく会話に、目の前の生徒に対して不信感が芽生えてきた。
だけど、このガラの悪そうな人を追い払う勇気もなく断る勇気もないので、仕方なくまた鍵盤に指を置く。
もう譜面を目で追いかけなくても紡がれていく旋律。
再び、その音の波に飲み込まれそうになって、ふと人に聴かれているということを思い出す。
弾きながらチラリと目を上げると、その人はまっすぐに俺のことを見ていた。
「泣いてるみたい……」
微かに聞き取れた声はそう言っていて、さっき演奏を止められた時も同じことを言っていたと思い出す。
幻想即興曲の、細かな音の粒が雨みたいにぱらぱらと降って、儚い印象がもたらす感想だろう。
「泣いているみたい」という表現はなんだかちょっと稚拙だったけれど、的を得ているようにも思えた。
そう、思い返せば彼の言うことはいつも稚拙で衝動的で突飛だった、だけど『そうかもしれない』と聞く人の心を打つんだ。
もっとも彼自身はそれに気づかず、すぐに忘れてもう別のことに心を移していたりするんだけど。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時