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voice ページ19

野次馬が、野次馬を呼んで

智が見世物のようになってきた。

「先生呼ぶ?」という呟きが聞こえたとき、その無意味さに呆れ返り、俺はフェンスの下から声を張り上げた。


「さとしー!聞こえる?」

カパ、と小さな口を開けて そこに風が入るのを楽しんでいた智が、ゆっくりとこちらを向いた。


「そろそろ降りたら?」

「なんで?」


智が俺の声に反応したことに、増えた野次馬がどよめいた。

注目されるのに慣れていない俺は、刺さる視線に緊張していつものように話せない。


黙ってしまった俺に、不思議そうに首を傾け「カズも来れば?」と言う。

智には周りに集まる生徒たちが見えていないのか?

ああ、なんで俺までこんな目で見られなきゃならないんだ……


「ねえ、お願いだから降りて来て……」


声がどんどん出せなくなって、小さく懇願するように言った。

でもそれは当然届かなくて、智はもう前を向いて遊びの続きに没頭する。


フェンスにへばりついて、智の一番近くに居ながら

たくさんの視線を浴びて、俺はもう一歩も動けず、声も出せなかった。


昼休みが終わるまで、あとどれくらいだろう…

なんでもいいから早く終われ、みんなどっかいけ…


心細くて、なんだか泣きたい気持ちになってきたとき、



「おおちゃん」



野次馬のざわめきのなかで、そんなに大きくないのに やけにはっきりと響いた声。

その落ち着いた声の持ち主は、穏やかな足取りで前に進み出てきた。

その人の黒目がちな目を見て、思い出した。


----『…仕方ないよ…、いつも……ああなんだ…』


智が窓ガラスを食んだとき。騒然とする廊下で、俺の問いに俯いて答えた…

背が高くて、モデルみたいに髪がさらりとしている、男子生徒。


「大ちゃん」


少しハスキーなその声は、まるで 殻の薄い卵を包むように優しく響いた。

周りのどよめきが、少し小さくなる。


俺の声にしか反応しなかった智が、こんどはぱっと振り向いて

「あ、」と嬉しそうに、ふわりと笑う。


「何が見えるの?」


からまった何かを解いていくようなその口調。

優しさをたっぷりと湛えた目元は、なぜだか悲しみを含んでいるように見える。


「山と空。あとミカミの工場と、裏の川と、ながい煙突と…あと家の屋根、それから…」


智が無邪気に言葉をつなぐ。

いつもは ぽつぽつと言葉を零すみたいに話す彼が、

こんなにも長く話すのを、俺は初めて見た。




.

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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時

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