so Run ページ49
野良猫みたいだった。
ゆっくりと近づいて、優しくトトト…と舌を鳴らして呼んでも、一定の距離を保ったまま後ずさり、
ついには逃げ出して、決して捕まえられない、野良猫。
智の、階段を下りるスピードがものすごく速いのは知っていたから、屋上にいるうちに掴まえないと、見失ってしまうことは明白だった。
だけど、どんどん距離は開いていく。
当たり前だ。智が毎日、どこかを自由に駆け回っている一方で、俺は座ってピアノの鳴らす音楽の上を駆けている。
地面を走るのが得意なのは、智の方。
野良猫の要領で、最低限の広さで開いた屋上の扉をするりと抜け、華麗に階段を下りていく。
速い。
追いつけない。
でも、今 追いつかないと意味がない気がした。
「智!」
気休めにもならないけど、祈りとか願いとか、そういうものを全部あげるから、その足を止めてくれ…と、がむしゃらに思って、呼んだ。
それが、届いたのか分からないけど
智は、少し先の階段を降りる途中で 振り向いて、迷いだらけの顔を見せた。一瞬。
するすると駆けていたその足が、すくんだように動きを鈍らせ、もつれる。
智は、お世辞抜きで、学校のなかで一番上手に階段を降りられたばすなのに
踏み外したことなんて、つまずいたことすら、なかったのに
「あぶなっ…」
階段の真中くらいから、大きくバランスを崩して踊り場まで落ちた。
智が視界から消えて、シン…と静かになったところで、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。
俺は教室に戻ろうとは思わなかった。やっと、追いついたと、それだけ思った。
生徒が教室に戻り、静かになった階段。弾む息を整えながら、踊り場まで降りる。
荒く息をしながら、智はもう、膝を立てて起き上がろうとしていた。
それを制して、組み伏す。もうこれしか、とらえておく方法を思いつかなかった。
.
「なんで逃げんの…」
.
地面に貼り付けられた智と、その上に乗る俺の、はあはあという息の音が、空中でうるさく混ざる。
赤ん坊が眠るときみたいに、顔の横の位置で、両手を拘束した。
智は身動きをとれない中で、それでも逃げるように身を捩らせた。
「…っはな、して」
「なんで?」
「嫌だ…、放せよ」
「だからなんで」
怯え切った、凶暴な捨て猫みたいな表情。
「放せ!」
噛みつくように言われても、迷いと恐怖と困惑で濡れた瞳と、明らかに弱くなった力のせいで
ちっとも怖いなんて、思わなかった。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時