every va di(side S) ページ30
「大野くん…、大野くん起きて」
大きめの傘を差して、ケヤキの下に走った。
ドドドド…と打ち付けていた雨粒は、木の下では、ぼとぼとという太い音を鳴らして落ちてくる。
根っこから幹にかけてのカーブに、ぴたりと身を寄せた大野くんは、消耗したように眠っていた。
その表情に苦痛の色はない。苦しいというより、疲れている、といった顔だ。
目の下に隈。頬が少し、痩せた気がする。
でもそれは、今に始まったことではない。
最近、昼休みに短い眠りを貪りに来る大野くんは、日によって、ものすごく疲れているような表情を見せることがあった。
睡眠不足か、と聞いたことがあったけど、「夜更かし」といたずらの顔で言うので、それが嘘か本当か分からないけど、深くは触れて来なかった。
「…さとしくーん…」
どうしてこんなところで眠っているんだろう。
気を失っているようにも見えるけど、甘えるようにケヤキに寄り添う体勢は、大野くんが意図して作ったものだろう。
彼はここで、眠ろうと思って眠っているのだ。
刺すような雨を、もろともせずに。
だけど、刺すような雨をもろともしていないのは、彼の閑麗とした寝顔だけで、細い身体は体温をすぐに奪われて、小刻みに震えている。
1年生の夏に、大野くんが高熱を出したときを思い出す。
純粋そうな瞳だけが、身体の不調を理解していなかった。
『なんともない』と言って起き上がり、ふらりと揺れた上半身。
心と身体が、乖離している。いつも。
「どうしたんだよ……」
優しく叩いても、肩をゆすっても、名前で呼んでも、起きない。
気を失っているんだろうか。いや、でも…
大野くんが、奇想天外な遊びをするということは、山本先生や二宮くんから、たびたび聞いている。
でもこれは、どう見ても遊びの一環とは思えない。
「…ん…?」
大野くんの上に傘を差して、びしょびしょに濡れた頬を、気休めにもならないけど指で拭ってやった。
「あれ……」
拭いても拭いてもきりがない、と思ったら
そこに流れていたのは涙。
今までずっと、雨に紛れて見えなかったけど、ぽろぽろと、目の端から涙を流している。
「……何が…そんなに……」
冷たい手を優しく当てても、いつものようにふわりと笑って 起きてくれない。
涙は、とめどなくて…その量と、透明度のぶんだけ、胸が締め付けられた。
.
「先生…、ちょっといい?」
雨の音が続くなか
ふいに、後ろで穏やかな声が聞こえた。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時