Moi ! (side O) ページ3
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「あっ、智、ちょっと待ちなさい」
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玄関で靴を履いていたら、母ちゃんがリビングからパタパタと走ってきた。
振り向いたら、くい、と顎を持ち上げられて、ぱふぱふと首に柔らかいものを当ててくる。
「んー、ちょっと薄くなってきてる…いいぞいいぞ…」
ふわりと、お化粧の香りがした。女の人のにおいだ。
自分からそれが香るのはちょっと変な感じがするけど、がまんする。
流星群を見た日についてしまった首の跡を、母ちゃんは毎日、ファンデーションで隠してくれる。
「おまじないかけてあげる」
「なんの?」
「もうこんな跡がつきませんように〜」
くるくると円を描くようにスポンジを当てるので、くすぐったかった。
「…ふふ、それ効くの?(笑)」
ついでに…と言って、目の下もぽんぽんとされた。
「夜ちゃんと寝てないでしょう」
「…でもちゃんと入ってる、ベッドに」
「寝れないの?」
「びみょう」
「微妙って……」
ちょっと困ったような顔をされて、でも頭を撫でてくれた。
嬉しくて頬が緩みそうになったけど、堪えた。
カズが「なんだよ子どもじゃあるまいし」とか言って、カズのお母さんを跳ねのけたりするのを見ているので、おれももっと、毅然としていなければ、と思っているのだ。キゼンと。
撫でられたくらいでヘラヘラしていては、カズにバカにされるに決まってる。
「いい子いい子」
「いい子は首なんて絞めらんねぇの」
「智はいい子なの〜、母さんが分かってるからいいの〜」
そう言われると、やっぱりフフフと頬が緩みそうだ。頑張って、眉間に皺を寄せてみた。
そしたら母ちゃんが、朝の笑顔でおかしそうに笑った。
「なによその顔……(笑)、ね、質問してもいいでしょうか?」
いいでしょうか?とか、〜ですか?とか言うときは、大事なときだ。
返事をしたり、ちゃんと聞いたりしないといけない。
そういうルールを、もうずっと前から決めている。
「はいどうぞ」
準備ができたら、目を見ないといけない。いちばんちゃんと、伝わるのだそうだ。
「それ、誰につけられたか…教えてくれますか?」
自分の首を、人差し指でチョン、と指した。
母ちゃんの首は白くてきれい。もちろん誰にも絞められたことがない。
「忘れちゃった」
ウソはつかない。見破られるからだ。
今のは、半分ウソで半分ホントだった。
だって、あのときの事はあまり覚えていない。
忙しくて、精いっぱいで、感覚の余白がなかったから。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時