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「ユンさん。少し、待っててくれませんか」
お会計を済ませた後、彼にそう言われて思わず首を縦に振っていた。
私の名前、覚えてたんだ。
座ってて、と言われたカウンター席に腰かけ、彼を待つ。
1ヶ月前に2回顔を合わせたっきりで、しばらく見なかったけどまさかここの店員さんだったとは。
最初は全然気がつかなかったけど、パンケーキを持ってきてくれた店員さんがミルクを追加で2つくれたときに「向こうにいるスタッフからです」と教えてくれたのだ。
そのときに彼の顔を見て、気がついた。
あのお隣さんだって。
それにしても私がコーヒーが苦手だってどうして分かったんだろう。
もしかしてあのときの顔を見られていた？
そうだとしたらかなり恥ずかしい。
いや、でも、カフェで爆睡しているところを起こされた方が恥ずかしい。
もう、恥ずかしすぎて二度と来れないかも。
せっかく近所のカフェを見つけたのに…としょんぼりしていたら、バックヤードから彼が出てきた。
「ごめん、お待たせ。行こっか」
先程敬語を使っていたのは仕事モードだったからみたいだ。
友達でもないけど、敬語が抜ける彼を見て、そんなに嫌な気はしなかった。
＊＊＊
マンションのお隣さんと並んで歩いているこの状況は一体……？
特にこれといった会話もないまま、暗い夜道を2人で進む。
何か私に用がある…はずだよね？
「えっと…お名前、なんていうんですか？」
沈黙に耐えられずとりあえず名前を聞いてみる。
「キム・テヒョン。ユンさんの下の名前は？」
「そうだ、言ってなかった…Aです」
「Aね。覚えた」
その後もテヒョンさんはやっぱりマンションに着くまで何も言わなかった。
これじゃあただ一緒に帰ってきただけになっちゃったけど…。
お互い家の鍵を開けているとき、テヒョンさんは私の方を見つめてきた。
「あの辺、不審者出るんだって。俺が一緒に帰れるときならいいけど、あんまり夜遅くにAさんひとりでカフェ行かない方がいいかも」
え、と声を漏らした私が返事をする前に、テヒョンさんは「おやすみ」と言って部屋に入ってしまう。
…もしかして、そういうことだったの？
私に用があった訳でもなんでもなくて、危ないから送ってくれたということだ。
そのことに気づいたときには、彼の第一印象なんてすっかり頭から抜けていた。
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作者名：naguno | 作成日時：2020年10月4日 12時
