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「凌〜。ココア飲みたい」
「ハイハイ、ちょっと待て」
口癖のようにココアという彼女に俺はいつも作って差し出していた。
2人だけの思い出の味。
客人が来ようが誰にも出した事ない。
なのに何故、あいつには出してしまったのか、自分でもよく分からない。
一方的に別れを告げられた時、俺は返事が出来なかった。
それは彼女の身体を蔓延る病が2人を切り裂く前に、強い彼女が今の笑顔のままで、もしもの時、残った俺の悲しみが少しでも軽くなるようにと決意した優しさだった。
彼女の母から連絡を受けて向かった病室には、弱々しくなった彼女と、規則的に鳴る機械音。
俺の顔を見つめ、手を握り。
最期は笑顔で旅立った。
"あなたに出会えてよかった。幸せになってね"
彼女に振られきれていない、中途半端な関係が俺を苦しめたんだ。
脆い。結局人間は、命は儚い。
彼女の優しさに、別れを選ぶのか、愛し続けるのか、どちらが正しかったのかは正直分からない。ただ、俺が望むのは圧倒的後者だった。
どんな綺麗事を並べても彼女は帰ってこないのだから。
彼女に囚われたまま。
俺が愛した人が愛した俺と俺の音楽をただ闇雲に信じて続けることしか出来ない。
彼女が望んでくれた俺の幸せって何だ。
分からないけれど。
突然現れた小娘が、こんなにも強くなって前に進もうとしている姿を見たら、愛した人のせいにして進めない自分が情けなくなった。
もう一度、歩けるだろうか。
もう一度、前を向けるだろうか。
久しぶりに味わうココアが妙に甘ったるくて、まだ未熟な俺にピッタリな子どもの味がした。
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作者名:なちゅ | 作成日時:2020年4月9日 14時