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咥えたタバコに火をつけ少し吸うと、私の吸殻だけが寂しく入る灰皿にトントンっと灰を落とし、ゆっくりと口を開いた。
『このココア、本当は誰にも教えたくねぇんだよ。』
「コレ、なにか深い意味があるんですか?」
『昔恋人が好きでよく作ってやってたんだ。』
凌さんの恋人
少しだけ心が締め付けられた。
好意のある人の恋人の話なんて、正直聴きたいモノではない。
『でも何から言えばいいんかなぁ...。』
「今もお付き合いされてるんですか?」
『いや...』
大きく吸い込んだ煙がスっっと口から抜けていく時、彼からも何かが抜けたように見えた。
『もういないんだ。』
「えっ...」
言葉を失った。
彼も、大切な人を失っていた。
『嫌な事に、目の前で。あの時、どう思ってたかな』
そんな悲惨な事があったなんて。
事故によって両親とも顔も分からないかもといわれ、怖くて最期を見なかった私も相当な悲劇の中にいると思っていたけれど、凌さんもきっとそれは同じなのかもしれない。
『数年経って、未だにウジウジしてっから周りからはそろそろ新しい人でも探せとか言われるけど、ンなことすぐ考えれるわけもねーし。』
「そうですよね...」
『忘れたくないけど、たまにしんどくて。忘れたくなったりすんじゃん。』
その気持ちが分かりすぎる。
辛くて、現実を知ってしまうのが怖くて。
『それでもさ、Aが一生懸命父ちゃんの音楽と向き合おうとしてんの見てたら、俺なにやってんだろってなってきたわ。』
どこか吹っ切れたようにグッと背伸びをして笑う凌さん。
私達は2人とも大切な人の為に前を向かなきゃいけないんだ。
『ありがとな。なんか、楽になれそうな気がする。』
「そんな、柄にもないことを」
『ハハっ、それもそうだな』
「なんか、しんみりしちゃいますね」
『もう、傷口舐め合うの辞めようぜ。』
あまりに突然の告白、それでも私達は心の重荷が少し軽くなった。
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作者名:なちゅ | 作成日時:2020年4月9日 14時