［完］もう二度と会いたくなかった3【佐野万次郎】

12年 ページ2

□



大学を卒業し、就職した先は小さな企業。

現在、27歳。毎日オフィスでパソコンを打って、少ない同僚と上司となんの変哲もない会話をして笑い合う。

とても幸せなことだと思う。何もないのが幸せ。

そう思えてきたのは、つい最近のこと。



『ただいま〜』



誰もいない家にちゃんと挨拶するのが私のルール。



『ふふ、ただいま』



ずっと飼っている猫。彼が私の同居人だ。

男の子で、名前はおもち。真っ白でなんだかぷにゅぷにゅしているから。



『お腹すいた？』



人差し指にスリスリと顔を押し付けるおもち。

とても可愛い。



『…おもち』



思わず、強く抱きしめた。

彼は嫌そうに肉球で抵抗する。



『ごめんね？』



すぐに離してあげて、ご飯を準備した。



『…はあ』



最近、無性に寂しくなるのは気のせいだろうか。

カレンダーをチラッと見ると、気のせいではないことを自覚する。



『もう、12年…』



私が死にかけた日から、そして“彼”と別れてからもうそんなに経つんだ。



『ｯ、はぁ…』



なんだか呼吸がうまくできない感覚に陥る。

「やばい」と思ってすぐに洗面台へと走って薬を手に取る。



『はぁ、はぁっ…』



もう何年かはずっとこんな感じ。

市販の安定剤を飲まなきゃ気持ちが定まらない。落ち着かない。

一人は怖い。苦しい。寂しい。誰かの温もりがないと、こんな人生やってられない。



□

蘭→←プロローグ

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す