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episode 11 ページ12

くん、と太宰治の服の袖を引っ張る。

太宰治は一人だった。デパートで一緒だった白髪少年や“鏡花ちゃん”はいない。
喉がカラカラに乾いていた。先程降り注いできたファンタを、今更ながら飲みたいと思った。

「太宰治、さん」
私は臆病だった。今だって、ありふれた台詞を云う事しかできない。もっと、挑発するような気の利いた台詞が云えたらいいのに、と思うけれど、伝えたい事はストレートに云わないと、伝えたい人はいなくなってしまう。

櫻子のように。

「妹を返して」
無理矢理絞り出した声は、頼りなく、か細いものだった。
でも、太宰治の耳にはちゃんと届いたらしい。眉を寄せて、苦悶の表情をしている。
「貴方が攫った妹を、返してください」

違う、こんな事を云いたいんじゃない。
だって、人の事云えないから。
「自分だけ、倖せにならないで」
これも違う。
何?私が太宰治に、本当に云いたい事って。

「櫻子の事、思い出して」

自分の声に、ハッとする。
………思い出して(・・・・・)
「もう、忘れないで」
嗚呼、と思う。

私が太宰治の事を憎んでいたのは、妹の事を攫ったからでも、未来を奪ったからでもない。
平気な顔して、笑っていたからだ。櫻子の事、忘れたフリして。
「貴方、実は嘘が凄く下手ですよね」

「………気づいていたのかい?」
初めて、太宰治ときちんと向き合った。
砂色のコートが風になびく。
「覚えてるんでしょう?………私の事も、櫻子の事も」

「もちろんだよ」
太宰治が微笑んだ。顔立ちは整っているから、一枚の絵画のように思える。
「櫻子君。………彼女は優秀だったね」
「お褒めの言葉をありがとうございます」

生まれて初めて憎んだ相手に、生まれて初めて心からの笑みを向けた。

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作者名:茉里 | 作成日時:2019年7月7日 13時

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