王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

息抜き即興劇 ページ37

痺れの抜けない足裏を止まらせず件の冷徹野郎を視認、南国の果物みたいな髪型がそそくさと歩を進めた所で回り込む。何が虚しくて朝っぱらから情緒を爆走させにゃならんのだとは思うが、当然悪いのは私じゃないのだし致し方ないだろう。この怒りを表現できる言葉は何処(いずこ)と悪態を堪えるが、最も甚大かつ致命的なダメージを与えられるものが見付からない。


時間稼ぎと私怨を込め相手の肩を握り込み圧迫してみるも、当の本人は涼しい顔で余裕をかましている。ポーカーフェイスには僅かばかりの狂いもなく、むしろこの状況を面白がっているようにも窺えた。あぁ気に食わない腹が立つ髪の毛一束引き千切ってやりたい、がそうしない。精神攻撃は打撃よりもエグしだ、意地でも嫌味言ってやる。


……いい加減すれ違う生徒達からの目が気になり始めた頃、やはり中々に優秀な私の脳味噌は最適解を見つけ出した。そうだそうだ灯台下暗し、やはり簡潔こそが個にして全。まるで観念したように我が掌から力を抜き、解せぬと言わんばかりの顔をした彼と目を合わせる。


『あることないこと脚色してから言いふらしていーい？』

「分かった、やめろ。一万でいいか」

『残念、プライスレス。あとお金は万能じゃないんだよ』


故意に邪気を抜いた微笑みとヒビも入らない真顔、加えて会話内容は極めて下衆かつ一触即発。周囲からの目が怯え敬遠を示すのは想定内だ、私だってこんな連中いたら近付かないし面倒がるだろう。しかしそれは他人であった場合、自分から引き起こすなら相手を選びさえすれば問題は無い。


現に鬼道自身も楽しそうに唇を歪ませ_____呆れてるんだろうけど知った事か、少なくとも私だけは本気だ。春菜にもまだ見ぬ灰崎凌兵とやら及び星章サッカー部員にも、気分が乗ったら袴田さんにだってチクってやろう。面白可笑しく陰湿な嫌がらせ(おふざけ)は、程度とウィットと両者の差さえわきまえておけば話の種となる。間違えたら自己責任でしかないが、腐れ縁には丁度いい意思疎通法だ。


オチも収拾もつかないままで身を翻し、わざとらしく額へ手をやり頭を振る彼のマントを遠慮なく引っ張る。流石に面食らったのだろう表情に笑みを返し、どこまでも自分勝手な一言を突き付けた。


『そうだなぁ、悪いと思ってるんなら案内してよ。迷子とか絶対なりたくないし、じゃあまず職員室ね』


渾身のウィンクまで添えたものの、返ってきたのは諦めきった溜め息のみであった。

時は流るる清水の如し→←星座の末尾に右倣え

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