王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

焼け石に蹈鞴 ページ35

じいじいと駄々を捏ねるような鳴き声が、瞳を刺す陽光と共に乱反射する。忍び寄るように肌を伝う汗は不快に他ならず、今直ぐにでも引き返してしまいたいのをぐっと堪えた。


道路側に位置する私はまだ 時折吹き抜ける風圧で安息を得ているが、真ん中に位置する鬼道は堪ったものじゃないだろう。きっちり春菜側には日陰を確保してやる辺り、涼しい顔してちゃんとお兄ちゃんだなぁと思う。


閑話休題。凄まじく熱気に満ちたこの炎天下、現実逃避に勤しむのも良いが そうして何を得る訳でもない。首筋から鎖骨へと這いそうになった雫を拭い、気晴らしとばかりに語りかけた。


『そういえばさ鬼道。前に星章の問題児がどうとか言ってたけど、もう懐柔できたの？』


頬に張り付く己の頭髪を払い除けながら問えば、一拍遅れて気の抜けた相槌が返される。流石の天才ゲームメイカーと言えど、悠々と輝く御天道様には太刀打ちできないようだ。


「そんな話もしたな……結論から言えば否だ。もう少し距離を縮めておきたい所だが、灰崎凌兵は中々手強い」


半ば冗談めかした口調ではあるものの、隠れていない口元からは少なからずの疲労が窺える。どうやら相当に手間取っているらしい、少し意外かも。あの鬼道有人が たかが一年に手を焼くなんて＿＿＿これは予想通り見物になりそうかな。


そんな思考を露見させず ほうほうと鳥のように頷いていれば、一番の歩道側を歩く少女がひょこりと顔を覗かせ付け足す。


「確かに灰崎くんは、まぁ何と言いますか……きっと素直になれないんですよね。前までのお兄ちゃんそっくり」


まさかの一撃に硬直する鬼道、全くもうと呆れ暝目する春菜に 堪らず口元を覆う私。やはり私が彼女を可愛がる理由はこれである、大人しそうな口から射出される 威力抜群の爆弾発言。何時もながら実に面白い。


心外だとばかりに必死こいて反論する鬼道は放っておくとして、そうか此奴に似たりよったりなんだな灰崎凌兵とやらは。今ある情報から想像する限り、やっぱり刺々しい人物なのだろう。


まぁ、同年代の人々は高確率で精神に何かしら患ってしまうらしいし＿＿＿確かそう、ちゅーにびょー。きっと多分に洩れず中二病なのだ、以前の鬼道も一年坊も。


主な症状の詳細は分からないが、きっと人様をクズと罵ったり見下したり挑発する程度のものなのだろう。もしそうなら完全に以前の鬼道だ、慣れがあるから対処可能。


良かった良かったなんて思いつつ、妹相手に長ったらしい弁解を続ける彼を余所に 滴り落ちた新たな水滴を払ったのだった。

星座の末尾に右倣え→←思惑 渦巻く銀河へ沈め

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す