王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

思惑 渦巻く銀河へ沈め ページ34

静寂に満たされていた空間に微かな溜め息が染み込んでゆき、絡み付く怠慢を払い捨てて首を回す。暢気な欠伸やら背伸びやらを試みるだけの余裕はまだ生まれて来ない。差す陽光が寝台の隅までを包んでいるというのに、気分は一向に晴れそうにもなかった。


なんて釈然としない目覚めだろう、怠惰の原因には出来ないにしても否応なく低迷する思考は苛立ちを伴う。絨毯に土踏まずを擽らせつつ、小綺麗に漂白されたシャツのボタンを留め終えた。まだ制服を支給されていないのだから、適当にきちんとした服装にしておくしかない。


旅行鞄に入っている中での最良を選び取ったつもりではあるが、こんな風体じゃどうやっても奇異の目は集まる。せめてもの足掻きとネクタイを締め、肌馴染みの悪いスラックスの位置を直した。こんな事ならなんちゃって制服の一式でも揃えておけば良かっただろうか、生憎そんな事にまで気は回せなかったのだけど。


上着の類は持っていないものの、季節は太陽の独壇場目前。軽装になってしまおうが致し方ないと割り切ってしまおう、こんな日々に関する不満を挙げれば枚挙に暇がない。断じてこの仕事そのものに対する愚痴ではない、あくまで偶発的な細々(こまごま)した出来事が鬱陶しいだけだ。私は本来対人に向かないのだな、とつくづく思う。


眠りにつく前ならきちんと恍惚に浸れていたのだが、いざ今日になってみると軍配は憂鬱やら諦観やらに上がってしまった。それも無理はない、昨夜の満足感はある種の現実逃避なのだから。マリッジブルーに近いだろうと推測できる、この心情に誂えるとすればタスクブルーとでも言おうか？ こういう感情は放っておくと増殖する、さっさと顔でも洗って流すべきだ。


化粧室の傍らへ足を運ぶと、途切れた絨毯の向こう側からひんやりと硬い感触が伝わる。これだけでも充分 意識の覚醒は促せるが、念押しというのは実質的に最重要事項と言っても過言ではない。上品な意匠が施された蛇口を捻り、髪にまで効果を与えないよう慎重に頬を拭った。手より遥かに薄い皮膚で触れることで遺憾なく真価は発揮され、下らない思考もろとも排水口へ滑っていく。


僅かに着衣へと跳ねてしまった冷感を払い落とし、手早く梳かした白髪(はくはつ)で白を重ねれば身支度は終わりだ。確認事項もない為か、普段より呆気ないのは新鮮にも思える。



さて、いい加減仕事に出向くとしよう………退屈と期待のブレンドを携え、静かに扉へ手を伸ばした。

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