囲われたミツと花【前編】

46 K ページ46

何となくだけど、身体がそわそわして、起き上がる。本はしおりを挟むのも忘れて、パタンと閉じてしまった。



テレビの音が聴こえてきた。
それは、先日に生で聞いた曲だった。
その音に導かれるかのように、リビングへと繋がる網戸を開けると、液晶テレビに映った大倉さんが居た。
ドラマの特集らしい。



この人を生で見たんだ───…
ぼっーと見つめてしまう。
はしゃぐ俺を玉ちゃんは、呆れながらも支えてくれた。こんな偶然はない、とそんな奇跡みたいな思い出を作る事ができたんだった。



「宏光…？」
「なんでもない。このドラマ気になってたから」
「もうすぐ出来るから待ってて」



不意に堪らなく寂しくなって、再びバルコニーへと出た。太輔にそんな姿を見られたくなくて。
外の世界と遮断されてる手すりまで歩く。
10階だから、外というよりは、空でもない…異空間。下を見れば、何度も犬の散歩をした公園が見える。玉ちゃんと出逢った場所。玉ちゃんと歩いた場所。



「…………っ！」



あれ………



うそ…………



そこには、公園の真ん中で腕をパタパタと広げ振っていた…玉ちゃんが立っていた。



玉ちゃん……
玉ちゃん……！


その姿を見ただけで、泣けてしまうのは何故だろう。
温かい、その姿。
表情なんて、全く見えない。
でも、玉ちゃんだった。



わかるよ、そんなの。



玉ちゃんは、地面に何かを書き出した。
ここからでも見える。
大きな文字で。何か棒のようなものを使って移動をしながら、書いていた。



「…す？」



その頭文字に、胸が高鳴る。
壊れるんじゃないかと思う程に、ドキ ドキそして、ざわざわする。


なんだろう、どうしよう、
そうだったら、嬉しい。



『 き』だったら………



そんな風に思ってると、



「……こ？」



二文字目は、『 こ』だった。



何、すこって。



でも、嬉しかった。
今下には玉ちゃんが居てくれる。
きっと、俺を待ってくれてる。
自惚れでも、そう思った。
あの日、待っていてくれたように。




身体が、動いていた。
太輔のいるキッチンへと。
バタバタと走っていた。



「太輔、ごめん」
「宏光？！」



キッチンに居る太輔に頭を下げた。深く腰を曲げて。今は太輔と一緒に居たら…ダメな気がする。
それは、自分だけじゃない。太輔のためにも。
仕事を辞めるだなんて。主任試験だって合格したって嬉しそうに、そう言ってたのに。



「距離を置きたい」



それしかもう、考えられなかった。

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