囲われたミツと花【前編】

32 K ページ32

休診日、約束のサウナは行けなくなってしまった。
食欲はない。約束の時間に玉ちゃんにお詫びに行こうと、服を着替える。



「あんこ、今日はすぐに帰ってくるから、お留守番できるよな？」
「わんっ！」



茶色い毛先を撫でると、季節の変わり目で毛が抜けやすくなってるらしく、1本毛が抜けた。
掃除機もかけないと。



あんこを置いて、エレベーターに乗る。
この時間は、待ってる人は居なくて、どこの階に止まること無く、1階まで降りる事が出来た。



部屋を出た時には、約束してた時間の5分前だったから急がないといけない。



小走りでエントランスを越えて、角を曲がった時、人とぶつかってしまった。



「…ごめんなさいっ！」



謝りながら、顔を上げると
…同い歳ぐらいの男性だった。
玉ちゃんに少し似てる雰囲気の柔らかい人だった。
背が高くて、白くて、目がぱちっとしてて、唇が少しだけ厚い。だけど、髪は金色で、半袖からチラリと覗いていた腕には墨が入っていた。



その墨の腕は筋肉がもりっと綺麗についていた。
怖くて、思わず後退りする。



「…痛っ、骨折れたわ」
「……え、」


その人は徐に肩を押さえ、見下ろしてくる。
確かにぶつかった。でも、俺がぶつかったのは、胸筋であって、決して今彼が押さえてる腕ではない。



「どうしてくれんの？慰謝料だな、これは。治療費寄越せ」
「………、」



負傷したという腕を差し出して、お金を要求されてしまった。…お金はない。
カツアゲされた過去、忌まわしい理不尽な高校時代の記憶が蘇り、身体が震え出す。



「ごめんなさい…お金は、ありません....」



あの頃と、同じように返す唇は乾いていた。
母子家庭のウチは、カツアゲされても渡すような浮いてる金はなくて、母ちゃんにも相談はできなかった。今も、渡せるお金はない。



「…金がねえなら、一発殴らせろ。ちょうどむしゃくしゃしてたんだよ」



手首を掴まれた、ぐっと指が食い込みその痛さに思わず顔を歪めて、その男の顔を見上げた。
殴られる、痛いのは嫌だ。でも、一発なら...
そんな言葉が思考をぐるぐる回り、身体は硬直してしまった。逃げることもできない。まるで、竜に石にされてしまっかのように、動かない。



「………っ、なんだ、おまえ可愛い顔してんな。」
「………、？！」
「気が変わった。俺を楽しませろよ」



そのまま、腕を掴まれて、何度解こうとしても、離せないまま、公園の公衆便所に連れ込まれてしまった。

33 K→←31 K

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す