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何処かで聞いた、小説家の言葉がぐるぐると頭を回っていた。


〈誰もが月であり、決して誰にも見せない暗い側面を持っている。〉


「何考えてるの?」


そう聞かれ、ふと我に帰った。


『ううん、なんでもないよ』

「そ。てか、なんで今日遅かったの?」


後ろから包まれるようにハグされる。


まとわりつくような手が、嗚咽しそうなほど不快に思える。


「浮気…とかじゃないよね?」


と、首元をくんくんと嗅ぐ。


『や、めて…』

「なんで?」


急に低くなった声色に恐怖を覚えた。


「もしかして…図星なの?」

「スマホ出して」

『…』

「出せよ!!!」


耳鳴りが頭中に響く。


大人しくポケットから出したスマホのロックを解き、恐る恐る手渡す。


「渡辺って誰なの?」

『会社の後輩…』

「ふ〜ん」


蔑むような目線は、スマホと私に向けられている。


部屋には彼がスマホをタップする音しか聞こえない。


まるで水中にいるように息が詰まり、涙さえ出なかった。


「連絡先、男のは消したから。いいよね?」


賛否を聞くならやる前にしてよ。


そんな言葉を飲み込んで、ただ頷いた。


そこでやっと涙が頬を伝った。


「……泣かないで。俺はAのためを思ってやってんだからさ。」


彼の顔が近づいて、唇同士が触れた時私は悟った。


伊沢さん、ごめんなさい。


私は彼から抜け出せない。


私はずっと、この繰り返しの中で生きていくしかないんだ。


残酷で虚しいその答えに酷く納得し、私は無念無想のまま彼に身を任せた。

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作者名:佐々木 | 作成日時:2020年10月7日 18時

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