記憶(R.Miyadate) (ページ11)

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(R.side)

「…もっと、よく顔を見せてくれ。」

「涼太さん…。」

お互いに涙で見えなくなっていたのかもしれない。

手と手から伝わる温もりが、離れていた時間を縮めていく。

どれだけ、こうしていただろう。

「どうしてここにいるのか、教えてくれないか。」

そっと肩に手を添えて問いかけると、Aはさらに大粒の涙を流した。

「何もご存じじゃないんですね…。」

「いったい何があった？」

俺が江戸にいなかった時間。
彼女の可憐な唇から語られるには、それは酷な話だった。

俺が旅立ってから程なくして彼女は大きな庄屋の養女になった。そして二月ほどたち、新しい暮らしにも慣れた頃。庄屋に多額の借金が判明し、膨大な利子も要求され彼女が吉原へ身売りするなら借金は帳消しにしてやるという話が持ちかけられたのだという。

庄屋がなくなれば俺と一緒になることもできない、と。

「庄屋のお父様お母様は本当に優しくしてくださいました…実の娘のように。裏切るなんて、できませんでした。」

「そんな話、初めて聞いたよ…。茶屋を辞めて行方知れずになったとばかり。私がもっと早く帰っていれば。」

「涼太さんは悪くありません。岩本様もなんとか支払いを待ってくれないかと掛け合って下さったんですが、圧力があったとかでうまくいかず。こんなことに。」

照、やはり黙っていたんだな。俺が血相を変えて吉原に殴り込むと考えたのかもしれない。

「…ここを出よう。」

俺の言葉にAは首を横に振る。

「涼太さん、私は遊女です。あなたと共にお日様の下を歩けるような人間ではありません。茶屋のAは、もういないんです。」

遊女。
それは。

どんな仕事なのかくらいわかっている。

俺の嫁になるはずの人をやっと見つけた。なのに。連れて帰ることができないなんて。

「借金は、どれくらいなんだ。身請けにはいくら必要なんだ。」

「涼太さん、それは、私が死ぬまでここで働いてちょうど返せるくらいだと聞いてます。」

そんな金、どうして庄屋は借りる必要があったんだ。

「お会いできただけで、十分です。もう、二度とお顔を見ることはできないと思っていましたから。」

「これから何度でも見ることができる。」

「…、そんな。」

確かに彼女は今夕霧という遊女だ。

しかし。

俺にとっては大切な人。その気持ちが揺らぐことはなかった。