人魚姫2 (ページ26)

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どうして私が泣いたのか、あの後彼は何も言わずに私を抱きしめた。

まだ少し人のいる水槽の前で、私は止めどなく流れる涙の終わらせ方が分からず、彼はそれを受け止めるようにきつく、けれど柔らかな温もりで包んでくれた。

水族館を出て、私と彼はいま、そのすぐそばの海辺に転がった廃れたベンチに腰掛けている。

何も、彼に話すことなど何もない。

彼だって、私に何も聞いてこない。

それでいいんだと思う。

私は、あの頃の、昔の記憶は全部、日本に置いてきたのだから。

だからもう二度と、過去の引き出しを開けたりしない。それを誰かに見せることなんて絶対にない…したくない。

いつの間に広がっていたのか、心にできた黒く底の見えない深い悲しみ。

もうそれは、きっと元には戻らないんだと思う。

ふと、白い泡が私の中で弾け、しゅっと消えていった。

「海、綺麗だね」

彼は、独り言みたいにそれをつぶやいた。

目を凝らしても、空と海の境目がわからない。遠くの船さえ、すべてが、あまりにも眩しい。

うるさすぎるくらいの漣は、2人の間を寄せては引き返し、また、沈黙が戻ってきた。

何もなくていい。

いまは、ただこうして、静かにしていたい。

なんとなく触れた指先は、意識しなくても、その柔らかな体温を私に伝える。

瞬間、彼の冷たい指先が私の甲に触れ、やがて掌を重ね、ぎゅっと握った。

私はもう、そこに戸惑いを見つけ出すことはしなかった。

ただ、彼に全てを委ねてみることにした。

彼の掌に自分のそれを押しつけ、私はほんの少しだけ、しがみつくみたいに幼く、指先に力を入れた。