シャングリラエッジ【ars J.M】

1.夏のはじまり。 ページ1

面倒な事を頼まれてしまった。

大学四年生の夏。
就職も決まった。
遊んで過ごせる最後の夏。奇しくも今年は平成最後の夏。だから何だって話なんだけど、ワクワクが止まらない。
どうする？海外行っちゃう！？あぁ、東京にも行きたいな。ミッキーマウスに会いたいの！

そんな計画を妄想してはウキウキしてたと言うのに。


「A、夏休みはお父さんのビルの管理をして貰うから」
「...は？」

リビングで寛いでた私に、父親は無情に言い放った。

「え、やだよ、だって最後の夏休みなのに！」
「夏休みは社会人になってからもあるだろう？」
「無い！日本のビジネスマンはあれを夏休みだと認めてはいけない！」
「お前は甘いなぁ」
「甘いよ！まだ大学生なんだから甘く居させてよ！」

半泣きで抵抗。
何が悲しくて、夏休みに父親のお仕事を手伝わなきゃいけないのか。理不尽すぎる。


「就職が決まってない学生さんは、この夏も頑張って就活するんだろうな」
「...え？」
「Aがもう遊べるのは何でだ？」
「...就職が決まったから...」
「どこに？」
「.........お父さんの会社です...」

もう抵抗できない。
小さな頃からバリバリ働く父親を見て「私がこの会社を継ぐ！」と決め、早々に宣言した。
とは言えガッツリ面接もされたし、筆記試験も受けさせられた。普段の生活態度まで見られてたんだから、どっちかと言うと他の受験者よりも不利だった気もする。
だけど、結局採用を決めてくれたのは父親だ。
そうなると父親って以前に、私の雇い主になる人だ。

そんな人に抵抗できようか。否。


「いつかはお父さんの跡を継ぐ気なんだろ？」
「...はい」
「だったら、うちでやってる事業の全てを経験して貰わないといけない」
「...その中にビル管理も？」
「もちろん」

けんもほろろ。ガクッと項垂れる。
でも待てよ...？

「管理人さん、居たよね？」

そうだよ。
ビルにはちゃんと管理人さんが常駐してた。
優しいおじちゃんで、私もよく知ってる。


「彼が八月の一ヶ月間、休むんだ」
「え！？社会人が一ヶ月の夏休み！？」
「娘さんが九月から留学するらしい」
「......うん」
「それならこの夏はゆっくり娘さんと過ごせば良いと、お父さんから提案した。何年も働いてくれてるしな」
「...私も最後の夏なのに」
「Aはお父さんと毎日顔を合わせられるだろう」

アッハッハ！と父親は豪快に笑う。

きっと社員さん達にとって彼は良い社長なんだろうけど...と私はまた、項垂れる。

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