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第1章-7 ページ8

喉が鳴って。
 思考が止まった。
 息が苦しい。
 どうして。どうして今なの。
 もっとちゃんと、話し合う場を設けて、そこで互いの気持ちをちゃんと言って、私の気持ちをちゃんと聞いてもらって、それで謝って欲しかった。
 その機会が永遠にないと悟っていたから、だから私は今日だって包丁を取りに走ったのに。
 どうして、今そのときがやってくるの。

 でもその言葉は、確かに私が心の底から求めていたもので。
 どうしようもなく私の心臓を深く貫いた。

(――この人は、ひょっとしたら)
(心の奥底では、ちゃんと私たちの母親だったのかも)

 それがわかっただけで、私は幸せだった。
 だから、これからすべき行動も、もう決まっていた。

「もっと……生きたい……」

 苦しそうに呻く母。
 耐えきれなかったのか、夏が泣きながら大浴場を出て行った。
 私も視界がにじんで、母の顔は見えない。

「そうだね、生きるよ……生きてよ」
「あなたたちと……」
「うん、うん……」

 夏や、他の妹たちだけじゃない。
 『私』とも一緒に生きたいと。 寮母は――母は、初めてそう言ってくれた。
 だから私は何度も、何度も頷いて母を呼んだ。

「お母さん、私……」
「…………」
「お母さん?」

 何も返ってこない。まさか。背筋にうすら寒いものを感じる。自分の喉が詰まるのも感じる。いや、そんな。
 慌てて心臓のあたりに耳を当てた。バスタオルが巻かれていて聞き取りづらい。お願い。そう願いながら必死に音を探る。
 すると、かなり弱々しくはあったが、心臓の音がちゃんと聞こえてきた。
 私ははーっと長い溜息をついて、119番をもう一回かけようとスマホを取り出した。母の心臓もいつまでもつか分からない。

(けど、来てくれるの……?)

 スイッターに投稿された動画を見る限り、都会にはゾンビ?屍人?が溢れていて、目に留まった人を襲う地獄絵図が繰り広げられていた。

(今救急車を呼んだところで来てくれるかも分からない……来てくれたとしても、救急車の音に反応した奴らをおびき寄せるだけじゃ……?)
(でも……。悩んでいても、仕方ない)

「夏!」
「何?」
「私、お母さんを助ける方法を探してくるから、お母さんを見ていてほしい。この家は丈夫だし、外部から奴らが入ってくることはない。他の妹や弟たちも……変わり果てた姿だったら、家に入れちゃだめだからね。あんたが招き入れなければ、家に残ってる皆は絶対無事なんだから」

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作者名:めいろ | 作成日時:2019年12月16日 22時

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