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第1章-4 ページ5

「わかった!」

 夏は頷き、

「お母さん、死なないで!」

 と、寮母をお風呂に連れていった。

  「服は脱がさないで、タオルかけてその上から水かけて!」

 私は夏の背中に向かって叫んだ。頷く夏。寮母の手をしっかり握っている。自分の服が燃えるのも放ったまま。
 彼女はそういうことが出来るから、誰にでも好かれるのだ。私とは違う。……いいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。

(ああもう痛い……。痛い痛い痛い……。口の中、血の味がする……)

 その間にも寮父はけたけた笑いながらソファ、カーテンなど、施設の各所に火をつけていた。無理心中させる気か?冗談じゃない。私はまだ、地獄以外の世界を見ていない。

(あ、消火器)

 消火器が各階の廊下にあったはず。
 臭いと煙に目はしぱしぱ、呼吸も苦しい。それでも必死に和室から出た。廊下に備え付けてある消火器を外し、ピンを取った。
 消火器は避難訓練で使ったことがあったから使い方は分かる。まさか本当に使う時が来るとは思わなかったけど。
 臨戦態勢。
 私、(ゆう)、レベル15。近接武器(消火器)を所持。
 敵は寮父、レベル48。近接武器(煙草)と遠距離武器(ガソリン)を所持。危険。
 消火器を取ったその瞬間だけ、そんな浮ついた感情が思い浮かんですぐに泡となって消えた。ふざけている場合ではない。
 寮母の布団、和室、ソファ、カーテンと、私は必死に火を消していった。

(消火器って一本でどのくらいの火を消せるの?)
(もし父が家じゅう火をつけるなら足りない……)
(足りて!お願いだから!)

 煙で泣いているのか、それ以外の感情で涙を流しているのか自分でも全く分からない。私は鼻水と涙と消火器の煙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、生きたい、ただそれだけを原動力に手を動かし続けた。
 さいわい、寮父は2階には行かなかった。
 食堂に辿り着くと放火をやめ、消火活動に勤しむ私を止めもせず、満足げに冷蔵庫から様々な食材をリュックに詰め込んでいた。

「お前、そうやって火を消すけどな、じきに俺に感謝することになるぞ」
「……何を言って、るん、ですか」
「外はわけわからん連中ばかりだ。そんな連中になるくらいなら、ここで人間のまま死んだほうがましだぞ」

 リュックのチャックを閉めて立ち上がると、寮父は哀れな絶滅危惧種を見るかのような目つきで私を見た。

「は……?どういうこと……?てか、どこいくの」

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作者名:めいろ | 作成日時:2019年12月16日 22時

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