第5章-1 ページ37
寮父は家庭内暴力を行なっていた。
母に、そして時に私や妹たちにも暴力を振るい、母は寮父から受けるストレスの発散に私を使っていた。
逃げることはできなかった。帰る場所がないから。
助けを呼ぶこともできなかった。帰る場所がなくなるから。
とにかく寮父が上機嫌でいること。それが施設全員の脊髄に刻まれた『暗黙のルール』だった。
上機嫌なのはお酒を飲んでいるときか、施設の畑をいじっているときだけ。母は施設に関するその他の仕事を全て一人でこなしていたが、そんな母に寮父が行なってきた仕打ちの数々を上げ始めればきりがない。
今朝だって、寮父は他の全員を捨てて一人逃げて行った。
そんなこいつが、どうしてここに。
◆ ◆
「……黙るなよ」
「…………何しに来たの」
「冷たいなあ」
「当たり前でしょ」
つっけんどんな態度を取る私を驚いた目で、でも黙って見守るビーさん。
「何でここにいるの」
「何でって……家に帰ってきちゃ、悪いかよ」
「家……！？私たちを捨てて逃げたくせに？お母さんと家に火をつけて殺そうとしたくせに？」
「違うあれは……」
「何が違うの？あの瞬間私達を見限ったよね？」
「それは……その……」
寮父は頭をぼりぼりと掻いて呟いた。
「…………った」
「何？」
がばっと寮父はその場に伏した。 みっともない土下座だった。
「悪かった。今日は……いや、今まで。本当に。このとおりだ」
「………………は？」
まだ信じられなかった。
今まで好き放題、私たちを傷つけて来たくせに。
「何で謝ってるの」
「お父さんな、工場に逃げたんだよ。でもそこでも襲われてな……。もう死ぬって思ったとき、邑や夏、子供たちの顔が浮かんだんだ。もちろん母さんの顔も」
「…………」
やめて。
何も言わないで。
悪人なら、最後まで悪人でいてよ。
「気を失ってたみたいでなぁ。気づいたら父さんだけ生き残ってたんだよ。それで工場から命からがら逃げて、帰ってきたんだ」
「……別に来なくてよかった」
「……そりゃ、そう言うよな」
しょんぼりした様子の寮父。
でもきっと、口から出まかせなんだ、これも。
どうせ命が惜しくなって、安全なところに戻ってきただけ。
「何を今更当たり前のこと言ってんの」
「でも父さん、何でかゾンビに襲われなくなったんだよ」
――赤いオーラの人は黄色いオーラを襲うけど、青いオーラは襲わない。
ということは、寮父は。
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作者名：めいろ | 作成日時：2019年12月16日 22時
