第1章-3 ページ4
ぐうぐうと寝息を立てる寮母から目を逸らし、私は濡れた畳と顔を拭くため、ティッシュを探して立ち上がった。
和室の隅に存在感を極限まで消そうとするかのように置かれているティッシュを見つけ、どことなく親近感を覚えながら手に取ると、和室と壁を隔ててすぐ隣にある勝手口の鍵が『がちゃり』と開いた音がしてびくりと体を震わせた。
勝手口の鍵は2つしか存在しない。片方を所有する寮母がここにいる時点で、そこから入って来れる人間は一人に限られる。
想像通り、煙草を咥えた寮父が和室の前に姿を現した。
想像と違っていたのは、寮父がやけに焦っていたことと――手にいつものお酒ではなく、ガソリン携行缶が握られていたこと。
「それ……何……?何する気……?」
私は震える手で父が持つそれを指さした。畑のバギーに給油する姿は見たことがあるけど、屋内に持って来ることなんて、今までなかったのに。
父は私の足元に転がる包丁を一瞥し、ふんと鼻で笑った。
「お前がやろうとしていたことと同じかもな。どけ!」
そう言って、私と夏を突き飛ばした。
私は寮母の全身鏡にがしゃん!と音を立てて雪崩れこんだ。立てかけてあっただけの薄っぺらい鏡はあっさり折れ、破片がばらばらに飛び散った。咄嗟にぎゅっと目をつぶった私は、夏が咳き込む声を聞いて恐る恐る目を開けた。 私よりも軽くて体が小さい彼女は洋服箪笥の前で苦しそうに倒れていた。背中から思いっきりぶつかったんだろう。
父はそんな私たちに目もくれず、布団ごと母に向かってガソリンをまき、そして。
煙草をその中に落とした。
ボン!と激しい爆発音と共に、布団が勢いよく燃え出す。
「何するの!」
「うるせえ!」
私は必死に父から携行缶を奪い取ろうとしたが、肘鉄砲を頬に食らった。痛みに思わずうずくまってしまった。
「……あ、ああああ!」
その間に熱さと痛みで目が覚めた寮母が、この世のものとは思えない声で叫ぶ。布団から這い出て、「あつい、あつい!」と身体を叩いている。ゆらゆら私の方に近寄って来たので、私は思わず「ヒッ」と後ずさった。
「夏!お母さんを風呂に!」
寮のお風呂には、常に水が張ってあったはず。洗濯や畑に使い終わったら夜ごはんのあとに沸かすのがこの施設の決まりだ。幸い寮母の部屋からお風呂も近い。
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作者名:めいろ | 作成日時:2019年12月16日 22時