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第1章-1 ページ2

――これが何百回目の殺人計画か、なんて、覚えてない。

 私は包丁を持つ右手を振りかざし、妹の怯えた視線を背中に感じながらその場に固まっていた。
 畳のいい匂いと嫌いな化粧品の臭いが混じって鼻が曲がりそうな和室。目の前には布団で眠る母――ただし施設に住む私たちは血が繋がっていないので、寮母と言ったほうが正しい。
 私は寮母が大っ嫌いだ。
 私に優しくしてくれないから。
 私だけ毎日のご飯が残飯だから。
 私だけ部屋が用意されてないから。
 他の子が悪いことをした時も、殴られるのは私だから。
 そうなった原因は、確かに私にあるんだと思う。
 私がそこにいたからダメだった。
 私が何も言わなかったからダメだった。
 私が何か言ってしまったからダメだった。

 私がこの世にいたから、ダメだった。

 だから何回も死のうとして、何度も何度も自分を殺す計画を立て、実行に移そうとして、そのたびに失敗してきた。
 私は私を殺すことが出来なかった。
 私は死ぬことも出来ない弱い人間なんだと、思い知らされて、また自分のことが嫌いになった。
 でも自分のことが嫌いな私は、この先も地獄を生きていかないといけない。
 じゃあどうする?
 どうしたら私は快適に過ごせる?
 そう考えて、たどり着いた一つの答え。

 ――寮母さえいなければ。

 だからいつか殺してやろうと思っていた。
 今日のために計画を練りに練って、施設の皆の行動パターンを把握して、キッチンから包丁を注意深く拝借し、寮母が眠るのを待っていたというのに。

 ――小学校の運動会で、大声出して応援してくれたこととか。
 ――もっと幼い頃、一緒に買い物に行ったこととか。
 ――友人に「ゆうちゃんのおうちの料理って本当においしいよね」と褒められたこととか。

 いい思い出というのは、こういう時に限って蘇ってくる。

(……悪い人ではないはずなんだ)
(――世間一般的には、だけど)
(ただ……私には、つらくあたることが多いだけで)
(私の気持ちだけで、この人の命を奪ってしまってもいいんだろうか)
(それはわがままなんじゃないか)
(でも、そのせいで私はずっと――ずっとずっと、生きてる心地がしないくらい辛いんだ)
(だけど)
 言いようのない感情のせいで、右手は行き先を失っている。

第1章-2→←第1章-0《序》



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作者名:めいろ | 作成日時:2019年12月16日 22時

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