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「ねぇ、Aちゃん」
「うわっ!!!」
ひょっこり、そんな効果音がつくような角から急に及川さんが顔を覗かせて名前を呼んだ。
「毎回毎回、そんな驚かなくても」
「なら急に顔を出したり声をかけたりしないで下さい!」
「えー。そんなつもりは無かったんだけどな、ごめんね」
「いえ、私も少し考え事していたので…。
すみません。何か用事でしたか?」
「俺のも淹れてくれないかなって」
「大丈夫です、用意してますよ」
ほら、と及川さんのマグカップを見せると満足そうに笑ってありがとうと頭を撫でられる。いえいえ、と言いながら私も笑う。それにしてもなんてタイムリーな。
撫でられながら、そういえば松川さんはよく私の髪を触るな。撫でられたことは、ない、気がするな、と。ふと思った。
撫でるのにも満足したのか手が離れて、及川さんがそういえばと、思い出したように口を開いた。
「Aちゃん」
「はい」
「昨日、何も無かった?」
「えっと、あの、すみません。私昨日途中から記憶が曖昧で………私、昨日どうやって帰ってました?」
それから、昨日のことを教えてもらった。
ーー覚えてないの?まあ、昨日Aちゃん相当飲んでいたし、仕方ないといえば仕方ないけどさ。Aちゃん昨日結局あの後潰れてまっつんがおぶって帰ったんだよ。
でも、俺らが知っているのはここまで。まっつんとAちゃんがその後どうしてたか、家にちゃんと帰ったのかとかは知らないよ。その先はAちゃんが覚えていないなら知るのはまっつんだけだね。
ねぇ。本当に “ 何も ” 覚えていないの?ほんの少しも?
ーー………はい、何も。起きたら自分のベットに居ましたし、松川さんも居ませんでした。
この時、1つ、及川さんに嘘をついた。もしかしたら聡い及川さんのことだから何か察されてしまったかもしれないけれど。
ごめんなさい及川さん。これは夢かもしれない。
でもあの温もりはきっと夢じゃないと思うんです。何もなくは、きっと無かった。でも及川さんには言ってはいけない気がする。及川さんは、そう、と一言言ってデスクに先に戻った。
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作者名:お湯 | 作成日時:2019年5月9日 19時