宮廷絵巻ノ抄

8.Ki ページ9

Ki side




バタバタバタ……‼



F「北山、すぐに殿下の寝所へ向かえ…‼」

Ki「はっ‼」


梨壺の階(きざはし)を駆け上がり、灯籠だけが灯る薄暗い廊下を全速力で駆け抜けた。

さっきまで夜の帳に包まれて静まり返っていた梨壺の建物全体が、突然騒々しくなる。


宿直なんて、もう何度も経験している。

でも、こんな事態に遭遇するなんて初めてのコトだった。



昼間、女官に従って藤ヶ谷と歩いた回廊を一目散に走る。

今上帝の後継ぎである東宮殿下を狙うなんて、大胆不敵もいいところだ。


昼間、目の当たりにしたあの弾けるような美しい笑顔を襲った不届者がいるなんて…絶対、絶対許せない！


「おい、あれを見ろ…！」
「こっちに、逃げたぞ…！」
「あっちだ…！」


F「皆、追え！ 決して、逃すな…必ず捕らえよ‼」


少し離れた建物の外から、部下たちに指示する藤ヶ谷の叫び声がした。



ガタンッ…‼


Ki「殿下、失礼します！」


東宮殿下の寝所に飛び込んだ俺は、目にした光景に息を呑んだ。


Ki「殿下…大丈夫ですか？ お怪我は…」


室内の灯りは、俺が持っていた松明のみで…真っ暗闇の中、その部屋の片隅に座り込む殿下の表情は真っ青だ。


倒れた几帳…

無残に斬られた御簾……


荒れ果てた室内、といった表現がこれ程似合う場所はないだろう。



T「きた、やま…」

Ki「殿下、あの…もう大丈夫です。何処かお怪我された場所は…」


グイッ…‼


Ki「うぁっ‼」


突然、掴まれた腕を引き寄せられて、俺の身体は前に倒れ込む。


ガタンッ…‼


思いがけない事態に身体が硬直し、思考回路が全て遮断されたといっていい。


Ki「えっ…あの、、殿…下……」



ギュッ…‼


寝所の床に、膝から崩れ落ちるように引き寄せられた態勢になった俺…よもや、自分の背中に確かに感じる温かい熱が、殿下の両手だと瞬時には思考が至らなかった。


俺…今、抱き締められて…る……⁈



T「…良かった。来てくれて」

Ki「殿、下…あの、」

T「…怖かった。殺されるんだと思って…すごく怖かった…」


突然の事態に、俺は思考が全く追いつかなかった。

今まで、憧れの存在で…遠目で眺めるだけだった人が、今俺を抱き締めて震えている。

まさか、こんな展開…夢々にも想像だにしなかった俺は、もはや何が何だか分からなかった。


T「ねぇ、ミツ…朝まで、オレに着いていて欲しい…」

いいよね？と耳元で囁くその声に、抗うなんてそんなの無理だ。

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