宮廷絵巻ノ抄

5.Ki ページ29

Ki side




夜間・清涼殿ーー。



T「ねぇ、ミツ…」


寝所で単衣への召し替えの介助をしていると、ふと陛下が口を開いた。

東宮殿下が先日即位され、秋の除目で俺は東宮職事務官から帝本人に仕える侍従職事務官に任命された。

仕える人物は同じでも、立場は更に上がり周囲からの目線はより厳しくなっていた。



T「最近さ、ミツはちょっと上の空の時があるよね？」

俺は、押し黙る。

T「ねぇ、何があったの？」


だって、あんなコト…言えるはずがない。



T「だから、まだ返事くれないの？」

返事…と聞いて、俺の心が跳ねた。

T「何か心に気掛かりなコトがあるから、ミツは返事を迷ってる……違う？」


図星だった。

気掛かりなコトなんて、山ほどある。


Y「太輔が、先にみっちゃんを囲っちゃえば良いんじゃないか？ 太政大臣の藤ヶ谷家嫡男の愛人なら、決して悪い話じゃない」

横尾さんの話は、冗談じゃなかった。


F「そんなコト、出来るはずがない。第一、北山が見てるのは…」


以前、2人が主従関係にあったコトも驚きだが、あれ以来…藤ヶ谷に対して気まずい。

しかも、その藤ヶ谷が俺に必死に訴えて来た内容も俺の心を迷わせていた。


グイッ…！


Ki「あっ！」


ドサッ…‼


手を引かれて体勢を崩した俺は、気が付いたら陛下が使われる真っ白な寝具の上にその身を横たえていた。



T「今夜、このまま……イイ？」


俺の返事なんて聞く迄もなく、憧れのその人の唇が降りて来る。

お互いの唇が、触れ合う寸前……だった。



ガタンッ…‼


突然、すぐ近くで大きな音がした。


次の瞬間、寝所の灯(あか)りが全て消えた。

突然、俺の視界は真っ暗闇に支配される。


T「何事だっ⁈ すぐに灯りを点(とも)せ‼」


そんな声と同時に、俺の上にあった重みがフッ…と消失して、暗闇の中で何かが素早く移動する気配を感じた。

陛下が、枕元の剣を取ったんだと分かった。



Ki「陛下、私の後ろに控えていて下さい！」


宮内省に入った時、侍従長に厳命されたのはただ一つだけだ。


侍従長「どんな状況下に於いても、必ずや東宮殿下のお命をお守りするコトーー」


俺は、慌てて胸元に忍ばせていた懐剣に手を伸ばすが、

Ki「うぁっ…！」

何者かに不意打ちを食らって、懐剣を取り落としてしまった。


T「ミツ…‼」


何も見えない暗闇の中で、陛下の叫び声が上がる。


それとほぼ同時に、寝所内に幾つもの足音が雪崩れ込んで来る気配がした。

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