宮廷絵巻ノ抄

秋の章・夕霧 ページ25

F side




中秋・京の都ーー。


先代帝の死から半年間に亘る喪が明けて、遂に玉森が新帝として即位した。

オレが所属する中務省は、新帝即位に関する一連の儀式で、それこそ目が回るような激務の日々に突入した。


即位の礼に参列したオレは、天皇の正装である黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)に身を包み、儀式が行われる紫宸殿に向かう新帝ーー血を分けた兄弟を不思議な思いで見つめた。


ほんの一瞬…、

オレたちの視線が交わった時、玉森の悲痛な叫びを聞いた気がした。


ずっと忌み嫌っていた、運命の日ーー


様々な思いを呑み込んで、オレたちは新しい時代を迎えたーー。








秋の紅葉が、京の都を美しく彩る季節が始まった。

…が、オレは相変わらず多忙な日々の中にいた。



内大臣「おや？ これは、藤ヶ谷殿…」


その声に、オレは顔を上げた。

清涼殿の渡殿を歩いて来るその姿に、オレは無意識のうちに背筋が伸びる。


内大臣「黄玉帝(おうぎょくてい)の即位の儀は滞りなく済んだが、中務省はまだ暫くは多忙なようで…」

黄玉帝とは、新しく即位した玉森のコトだ。


F「いつも父がお世話になっております」

内大臣「いやいや、先日もお父上とお会いしたが、相変わらず貴殿のことを自慢しておられた」

F「私なんか…」


北山の父親から受け取った賛辞に、思わず頰が緩む。

面差しが似たその雰囲気は、嫌でも北山の存在を思い起こさせた。



F「時に、ご子息は…」

内大臣「宏光ですか？」

F「えぇ、陛下が即位される前、一度ご体調を崩されたとか…」


でも、オレが知りたいのはそれじゃない。



あの夏の夜は、未だ記憶は鮮明だ。


…当たり前だ。

想い焦がれた相手に、無我夢中だったとはいえ初めて触れた夜…あの唇を忘れるなんて無理だ。


その後、どうしても北山の様子が気になって北山家に仕える渉に文を送った。

…その返事が、これだ。


渉『事の経緯は知らないが、我が主人の中では命の恩人は、東宮殿下になっているご様子ーー』


F「裕太が…」


オレがあの場に居合わせて、更に溺れた北山を助けたなんて不自然過ぎる。

だから、先にあの場を去った。

なのに…


渉『それよりも、今日東宮殿下が内大臣家の邸にお忍びでお越しになられた』

渉からの文は、オレの不安を一気に煽った。


渉『内大臣様に内密に申し入れ、当のご本人にも即位後の後宮入りを打診したご様子ーー』



オレは文を握る手が、震えた…。

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