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『瑚月、』
人間離れした蠱惑的な美しい笑みを浮かべている瑚月は、少し離れた場所から私たちを見つめていた。
『瑚月が、二人を？』
「左様。俺がそやつらを連れて来た。おまえを連れ戻したいと言っておった故」
『そっか』
彼は微笑み、狩衣の袖を口元へと持っていく。
「良き者達に…終天の地で巡り逢えたな、A」
『、うん』
酷く慈愛に満ちた眼差しで、瑚月は私を見据えて。
どうして彼はそんな目で私を見るのだろう。いつだって、彼は私のことを。
「ああ…漸く、そなたにも幸せが訪れたのか…。…良きことだ」
慈しみが籠ったその声に、じわりと温かいものが胸を侵す。
『…』
「彼方の世界に居た時…そなたを護れず、そなたの存在を消させてしまった。幸せを奪わせてしまった。名を奪わせてしまった。記憶を奪わせてしまった。それがどれほどの絶望と孤独だったか…俺には図りかねん。だがしかし、それを理解は出来よう」
「おまえは、一体なんだ」
ウルド様が聞くと、瑚月その背中に月を掲げて姿勢を正す。
白月色の瞳が妖しく輝き、天を衝く真白の角が夜空に映える。
「《神殺し》の力を持った生粋の鬼…それが俺だ」
『…』
「鬼…」
「生まれながらのな。おまえたち吸血鬼の成れの果てではない」
「なんでその鬼がAを助けるんだ？」
「その子が俺を救ってくれたからだ」
『え、？』
何かを思い出すように彼は瞳を細める。
「そなたは覚えておらぬだろう。だが、そなたは確かに俺を救ってくれたのだ。皆に忘れ去れた俺を家族にしてくれた…愛して、くれたのだよ」
『…憶えて、ない』
「俺は憶えている。彼方の世界で、孤独と共に消えゆくはずだった俺に…紅葉のような小さな掌を伸ばし、笑いかけてくれた《そなた》を」
『…思い出せないよ…』
ぎゅ、と掌を握り締める。
思い出したいのに、どれだけ頑張っても彼方の世界での彼との思い出は、浮かんでこない。
それを分かっている瑚月は微笑む。悲しげな、憐れむような、あるいは。
「よい。無理に思い出そうとする必要はない。そなたが憶えておらずとも、俺の中でそれが色褪せることなどない」
『瑚月はずっと私と一緒に居てくれた。…何故？』
彼とは生まれた時からずっと一緒だ。
他の全てを忘れても、喪っても。彼という唯一の繋がりだけは消えなかった。
「言っただろう？そなたは俺を救ってくれたと」
『でも、それだけで』
「俺にとっては《それだけ》ではないのだ」
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作者名：クウ | 作成日時：2022年4月5日 20時
