test of courage5 ページ50
相変わらず周囲の視線を一身に集めていることを歯牙にもかけない様子で、とても愛しそうに私だけを見つめている。
その切なさの滲む眼差しや表情は、まるで遠距離恋愛で数カ月あっていない恋人に向けられるようなものに似ていた。
とても、もう二カ月も同じ家で暮らしている人に見せるような表情ではないと思う。ついさっきまで私の膝枕で二時間寝てたの、覚えてる？
「迎えに来ました」伸ばされた手を掴むかどうか逡巡する間を私に与えることもなく、私の腕を掴み彼の広い胸の中に抱き寄せる。
「すぐに帰るのに」
「ええ、知っています」
「どうしてここにいることが分かったの？」
スマホは家に置いてきたから、GPSアプリってことはないと思う。
「簡単な推理ですよ。あなたは昼にサンドイッチを作ると話していましたよね。
サンドイッチに適したパンにはいくつか種類があって、アメリカから来ている彼に合わせるなら、クロワッサンが美味しい別の店を選ぶ可能性もある。
ここでもう一つのことを考えましょう。今朝、あなたは食事をとらない私に珍しく何も言いませんでした。――それは、これから私の好きなパンでサンドイッチを作ってたくさん食べさせようと考えていたからでは？
そうなると、クロワッサンよりも薄切り食パンを選ぶ可能性が大いに高まる。
当たっています？」
全くもってそのとおりですが、それってこんなに人目のある所で私をぎゅっと抱きしめたまま、セミの鳴き声の響き渡る炎天下で披露する話でもないような……。
「だったら家で待っていてくれても良かったでしょ？」
私は彼を見上げてそう言った。
このパン屋は家からそう遠くはない。その推理通りなら私が寄り道せずにすぐに帰宅することだってわかっているはず。
「そうしたら、こうして私を見て驚いたり喜んだりするあなたの表情が見られないじゃないですか。もったいない」
彼は当たり前みたいに私の顎を持ち上げ、身を屈めると唇を重ねる。
「ちょっと、お兄さん、お姉さん。ちゅーしてる場合じゃないよ？
元太君が、元太君が……っ！」
緊迫感を帯びた歩美ちゃんの声が、私を現実に連れ戻す。
＋＋＋＋＋＋＋
いつもありがとうございます。
続きはこちらからお楽しみください。
ボディガードは不要です8【沖矢昴】【安室透】
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作者名：まつり
| 作成日時：2022年8月1日 15時
