ボディガードは不要です7【沖矢昴】【安室透】 (ページ32)

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秀一さんは、沖矢昴になると口調だけでなく仕草も歩き方も変わる。

でも、実際にやってみるとわかるけれどそう簡単じゃないよね。

歩き方とか仕草とか、普段無意識だもんな――
カバンの持ち手を左に変えてみるけれど、すぐに右に持ち替えたくなるもん。

改めてすごい人だなと感心してしまう。

ビジネス街に来た私は、意識して背筋を伸ばして颯爽と歩いてみようとするけれど、普段とどれほど違うのかと言われるとそれほど自信はなかった。

もっとも、私自身は作家としてそれほど姿が売れているわけではない。せいぜい、顔写真かあのパーティの時の挨拶くらいだから、不自然にならなければそれでいいんだけれど。

通りすがりのガラス扉に映る自分は、まるで見知らぬ人だった。

秀一さんも自分の姿をどこかで見るたびにそう思っているのだろうか。
私はやっぱりいまだに彼のことをそれほどわかっていなかったようだ。彼の気苦労すら微塵も理解してなかったことにがっかりした。

とはいえ、元来天才肌の人だからそこまで意識してなくて着替えてメイクして声をかえた瞬間、スイッチが入るのかもしれない。

『大変だよね？』って秀一さんに言ったら、本気で首を傾げるってパターンもありうるよね……

そんなことを考えながら歩き、予定の時間丁度に例のビルへと辿り着く。

「Excuse me(すみません)、ちょっとお時間よろしいですか？」と、スーツ姿のビジネスマンに声をかけられた。

腕時計を見れば、間違いなくJのものだった。
私は顔を上げる。

Jは本人が言うほど別人メイクではなく元の顔の造作をそう変えてはいなかった。

短めの金髪のウィッグをつけ眼鏡をかけ、ビジネススーツに身を包んだその様は、ウォール街あたりが似合いそうな敏腕ビジネスマンそのものだ。

私は初対面を装い、求められるまま看板の文字を読み上げた。

その後、案内図の前に移動した。写真にとって、あちらこちらに移動しながら抜け目なく館内の様子をチェックしていく。

漢字が読めないのも事実かもしれないが、1人で館内を歩き回ると不審に見えるので案内係が欲しかったというのが正直なところなのかもしれない。