49話 ページ50
僕にとっては不気味な状況のはずなのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「……これは、短刀か？」
「見たことがありませんな……」
「僕も初めて見ました！」
背後から声が聞こえて振り返る。
一期様たちが、短刀を不思議そうに見つめていた。
声の通りに短刀で、黒いもやを斬るように動かしてみる。
「黒いもやが、逃げていく……」
斬ったところから黒いもやが真っ二つに分かれて、どこかに流れていく。
一期様たちの息を呑む音が耳に入ってきた。
何回斬ったのかはわからない。
気がついたら、僕の目の前から黒いもやが消え去っていた。
もう充分だろう。
「ありがとう」
僕は短刀に向かってお礼の言葉をつぶやく。
それに応えるようにあの声が聞こえた。
『……お礼なんていらないよ』
照れているんだろうな。
声だけでは分からないけれど、なんとなくそんな気がした。
短刀を懐に戻す。
短刀は、僕の体に溶け込むように消えていった。
「あれって、本丸じゃねぇか！」
和泉守様の叫び声で僕は我を取り戻した。
和泉守様が震える指先で指し示す先には、離れが佇んでいた。
隣には大きな母屋が同じように佇んでいる。
「……行ってみましょうか」
僕たちを導くように、母屋への扉が木の軋む音を立てて開いた。
歩き出そうとすると、肩をやんわりと掴まれる。
振り返ると、はちみつ色の瞳と目が合った。
「私が先に行きます。主殿は私の後ろに」
一期様がずんずんと先を歩いていく。
「ほら、主。行くぞ」
「背後は任せてください！」
和泉守様がそれに続き、秋田様が僕の背中を押してくる。
僕は、ゆっくりと歩き出した。
ーーその頃、離れの戸を叩く人影が二つあった。
それに気がついた三日月が、離れの戸を開け放つ。
「誰だ」
三日月は、戸を開けた先に立っていた人影に問いかけた。
「あ、あの……僕は」
五匹の虎を連れた少年が、うろうろと視線を彷徨わせる。
同時に、若葉色の狩衣を見にまとう青年が眉を引き攣らせた。
「……三日月。君は禁術を使ったね？」
青年は、青みがかかった紫色の瞳を鋭く細めた。
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作者名：うたた寝する三毛猫 | 作成日時：2022年3月9日 11時
