34話 ページ35
和泉守が子供に駆け寄る。子供を仰向けにすると、頬をつついた。
和泉守はぞっとして、指を離した。
氷の山に手を突っ込んだ時みたいに、頬は冷たかった。
「おい、主！」
和泉守の必死な叫びに返される声は、ない。
Aは、放り出された人形みたいに動かなかった。
「兼さん、落ち着いて」
「落ち着いていられるかよ！」
堀川が和泉守を落ち着かせようと、声をかける。
しかし、これでは逆効果だった。
和泉守はますます眉を引きつらせる。堀川を睨みつけて声を荒げた。
「主は、生きておる」
静かな声が、荒ぶる和泉守を落ち着けた。三日月だ。声の聞こえた方角に目を向ける。
堀川の片手が一本の刀が握りしめていた。
鞘には、三日月形の紋様が散りばめられている。
「……なんでこんな姿になってんだよ」
和泉守が刀を視界に入れると、呆れたように再び目を逸らした。長い息が口から吐かれる。
「少し疲れてな」
刀が、かたかた、と堀川の手の中で左右に揺れ動く。
まるで、愉快そうに笑っているようだった。
堀川は、苦い笑みを浮かべながら刀を床に寝かしつけた。
「……三日月さん、笑いすぎです」
「はは、すまぬな」
流れかけた穏やかな空気を、和泉守が斬り捨てる。
「……なぁ、主は生きてるんだよな？」
和泉守は顔を引き締めて、刀を叩き折らんばかりに見つめた。
堀川も眉を寄せて、拳を握った。
「……本当、なんですよね？」
「嘘ではない」
刀から、真っ直ぐで力強い言葉が返された。堀川と和泉守はほっと息を吐いた。
「……ならなんで冷たいんだよ」
和泉守が自身の手を見つめて呟く。
三日月は首を傾げた。
「冷たい？」
「主の頬が冷たかったんだよ……」
和泉守の言葉で、三日月の表情が険しく変わった。
「頬が冷たい？ どれ……」
Aの頬に三日月の震える手が触れる。冷たい。
三日月は目を見開いて、手を離した。
冷や汗が三日月の額を伝い、地面にしみを作った。
「三日月さん？」
三日月の行動に、堀川が訝しげな視線を送る。
「いかんな……ちと不味いかもしれん」
低くて引き締まった三日月の声。
和泉守と堀川は眉を引き攣らせて固まった。
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作者名：うたた寝する三毛猫 | 作成日時：2022年3月9日 11時
