弍 ページ10
宮官長の棟は後宮と外部をつなぐ四門のうち正門のそばにある。帝が後宮に訪れる際、ここの門を必ず通る。
宦官に促されるまま部屋の中に入ると、大きな机がひとつあるだけで、存外殺風景であった。
中には下女が集まっており、不安とどこか興奮したような表情を浮かべている。
Aも首を傾げながら周りを見る。そして、女官たちの視線が一つに集まっていることに気付いた。
部屋の隅に座る女性と、それに仕える宦官、少し離れて年嵩のいった女性がいる。中年の女性は宮官長であると記憶しているが、それよりも偉そうな女性は何なのだろう。
(むむ?)
女性にしては肩幅が広く、簡素な服を着ている。髪を巾でまとめ、残りを下ろしている。
(男なのかな)
男は天女のような柔らかい笑みを浮かべ女官たちを見ている。宮官長が赤くなっている。
なるほど、皆が頬を染めるわけがわかる。
噂に聞いていたものすごく美しい宦官というのはこの男のことだろうとAは思った。
絹糸のような髪、流れるような輪郭、切れ長の目と柳のような眉を持った絵巻物の天女もこれほど美しくはあるまい。
(もったいないなあ)
顔を染めることなく思ったのがそんなことである。大切なものがなくなってしまったので、子を成せないわけだ。
あの男の子どもであれば、どれほど鑑賞に優れたものが生まれよう。
しかし、あれだけ人間離れした美貌があれば、皇帝をも籠絡することができるだろうに、と不遜なことを考えていると、男は流れるような動きで立ち上がった。
机に向かい、筆をとると優美な動きでなにかをさらさらと書く。
にっこりと甘露のような笑みを浮かべ、男は書き物を見せた。
Aは固まった。
『
男は書き物をしまうと、手のひらを二回叩いた。
「今日はこれで解散だ。部屋に戻っていいぞ」
下女たちは後ろ髪ひかれながらも部屋を出る。
先程の書き物が何の意味を示しているのかわからないまま。
Aはそこで、部屋を出る下女たちが皆そばかすの目立つ容貌をしていることに気が付いた。書き物を見ても何の反応もなかったのは、読めなかったからだろう。
あわててAは部屋を出ようと踵を返す。だが、数歩進む間も無く、がっしりと手のひらが肩に食い込む感覚。
恐る恐る振り向くと、そこにはまぶしくて目がつぶれるような天女の笑みがあった。
「だめじゃないか。君は居残りだよね」
有無を言わせてもくれなかった。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月18日 22時