肆 ページ33
Aは化粧台の前で止まると空いた手で、彫り物の器を手にする。
蓋を開けると、中のものを侍女にまぶした。
げほげほと咳をする。侍女の目には涙が浮かんでいる。
「よかったわね、これで妃と同じくきれいになれるわよ」
そう言って侍女の髪をひっぱりあげる。
Aの口角がにいっ、と引き上げられて、肌が何か張り付いているように変につっぱって。
それが笑みだと周りが気づくまでに時間がかかった。
「毛穴から、口から、鼻から毒の気が全身にまわるの。
お慕いする梨花さまと同じ、枯れ枝のような手と落ち窪んだ眼窩と血の気の失せた肌が手に入るわ」
「そ、そんな……」
Aはさらに侍女を睨みつけるかのように眼光を鋭くした。
恐ろしくもひどく美しい、温かくも冷たくもなりうる紫に、皆息を呑む。
「なんで、禁止されたかわかってるの？毒だっていってるでしょう！」
「だっ、だって。一番きれいだから。梨花さまも喜ぶと思って」
「誰が自分の子供を殺した毒を喜ぶのよ」
子どものような言い訳に、Aは眉間に皺を寄せると髪の毛をはなした。指には長い髪が数本巻き付いている。
「早く口ゆすいできなさい。顔も洗ってきなさい」
そそくさと部屋を出る女官を見送ると、今度は怯える他の侍女たちを見た。高圧的で、誰もが従わざるを得ないような、そんな目だ。
「このままだと、病人にさわるでしょう。さっさと掃除してくださらないかしら」
自分が散らかしたことを棚に上げ、粉だらけの床を指すA。
言い方は丁寧だが、実際のところ命令と等しい。
侍女たちはびくんと身体を震わせると、掃除道具を取りに行った。
腕組みをし、冷たい目で見送る。
「女とは本当に恐ろしい」
両手を袖の中に入れ、ぽつりとつぶやく壬氏。
存在すら忘れていた。
「あっ」
Aは急激に頭から血が降りていくのを感じると、その場で蹲った。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
