伍 ページ27
大変疲れるお話をしているうちに、Aたちは東側の城門についた。
城壁はかなりの高さがある。外側は深い堀で、食糧や資材の運搬、時折、下女の入れ替わりの際に、橋が下ろされる。
後宮で脱走は極刑を意味する。
門には、常に衛兵が張り付いている。内側に宦官が二人、外側に武官が二人。門は二重になっており、詰所が外側と内側両方についている。
どれくらい経っただろうか。半月を背景に、それは現れた。
宙を舞う白い女の影。
長い衣とひれを纏い、踊るような足取りで城壁の上に立つ。
衣が揺らぎ、ひれが生き物のようにうねる。長い黒髪が、闇の中で照らされ、淡い輪郭を際立たせる。
桃源郷にでも迷い込んだかのような、幻想的な光景である。
「月下の芙蓉」
ふとそんな言葉が頭によぎる。
高順は一瞬驚いた顔をすると、ぽつりとつぶやいた。
「勘がいいですね」
女の名は『芙蓉』、中級妃。
来月、武官の功労として下賜される妃である。
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夢遊病というのは、よくわからない病気である。
寝ているのにあたかも起きているような動きをする。
何が原因といえば、心の軋轢であり、薬草をいくら煎じても意味がない。
昔、とある妓女がその病にかかった。
朗らかで詩歌の上手い女で、身請け話が持ち上がっていた。
しかし、その話は破談となる。
女が、幽鬼にでもとりつかれたかのように毎晩妓楼を散策し始めたのだ。
歩き回る妓女をやり手婆が止めようとすると、爪で肉をえぐられた。
翌日、妓楼のものがみな彼女の不審な行動に詰め寄る。だが、妓女は朗らかな声でこう言うのだ。
「あら。みなさん、どうしたの?」
記憶のない彼女の素足には、泥と擦り傷がついていた。
「それでどうなった?」
居間には壬氏とA、高順の他に玉葉妃もいた。公主は紅娘にまかせている。
「なにもありません。身請け話がなくなったら、徘徊はなくなりましたので」
にべもなくAは言う。
「つまり、身請け話が嫌だったってことかしら」
「おそらく。相手は大店ですが妻子どころか、孫までいる身分でしたから。それに、あと一年も働けば年季はあけたのですよ」
結局、その妓女は新しく身請け話もなく年季があけたのだった。
「気持ちを落ち着かせる香や薬を配合したのですが、気休めにしか」
その薬はAが調合していたからよく覚えている。
「それだけか?」
壬氏が訝しげに尋ねる。
「ええ。それでは失礼します」
一礼して部屋を出る。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月18日 22時