肆 ページ26
夜半に迎えに来たのは、宦官の高順だった。
寡黙で無表情なところはとっつきにくそうに思えるが、Aはむしろそこに親近感が湧く。
(あまり宦官ぽくない人よね)
宦官は物理的に陽の気を取り払っているため、女性的になることが多い。
体毛が薄く、性格は丸く、情欲のかわりに食欲が増し太りやすくなる。
一番わかりやすいのは、やぶ医者の例だ。
高順はというと、体毛は濃くないが精悍で、後宮という場所にいなければ武官と間違えられることだろう。
(どうしてこの道を選んだのだろう)
気になっても聞いてはいけないことくらいわかる。Aは黙ってかぶりを振った。
おとなしく、灯篭を片手に持ち先導する高順に着いていく。
月は満月の半分の大きさだったが、雲がないだけ明るかった。
昼間しか見たことのない宮内は、まるで別の場所のようだ。
時折、がさがさと物音がしたり、なんだか喘ぎ声のようなものが木陰から聞こえたりしたが無視することにした。
まあ、宮中にはまともな男性は皇帝以外いないということで、恋愛の形など歪でもしかたないわけである。
「Aさま」
しばらくして、高順が話しかけてきた。
「敬称はいりません。高順さまのほうが位は高いでしょう」
「ではA」
(いきなり小付けですか)
案外お茶目なのね、この人、などと思いながら、Aは頷いた。
「壬氏さまを毛虫でも見るような目で見るのはやめていただけませんか」
(ばれてる)
ここ最近、露骨に眉毛と頬の筋肉がぴくりと反応して、隠しきれていないらしい。
首が飛ぶことは今のところないと思うが、節制せねばなるまい。お偉いさんにとって、虫けらはAのほうである。
「今日も帰るなり、『なめくじでも見るような目をされた』と報告され」
(たしかに、粘着質でべたべた気持ち悪いとは思いました)
いちいち報告していることも粘着質だ。
「身を震わせながら、潤んだ瞳で微笑んでらっしゃいました。悦というのはあれを言うんですね」
高順は誤解しか生まないような語彙を、至極真面目に答えてくださった。
なんというか、むしろ、虫けらから汚物に下がる勢いである。
「……以後気を付けます」
「ええ、免疫のない者は、一目見るなり昏倒しかねないので、処理が大変なのです」
深いため息に苦労がにじんでいる。
妓楼の小姐たちも同じ思いをしていたのだろうかと考えると、申し訳なくもありいたたまれなさもあり、Aは微妙な顔をした。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月18日 22時