可可阿 壱 ページ19
Aは引出の端から順につかえそうな材料を集める。
それぞれを薬包紙に包み、筆で名前を書く。まだ木簡が書物として使われる中で、ふんだんに紙を使うことは贅沢である。
どじょうひげの医官は、あの娘はいったい、とのぞいてくるので、壬氏付きの宦官は戸を閉めた。宦官の名前は高順というらしい。
引出が高いところにあるものは、高順がとってくれる。その上司はなにもしない、しないならどこかいってくれてもいいのに、と無表情の奥にAは思う。
引出の一番上に、Aは見覚えのある名前をみつけて身を乗り出した。
だが、高順に手渡されたそれをみると、なんともいえない表情になる。
壬氏が覗き込むと、何かの種子が一つ、Aの手のひらにおさまっていた。
「これだけでは、足りないです」
「ならば、用意すればいいだけのことだ」
無駄に笑顔を振りまいて見ていただけの美丈夫は簡単に言ってくれる。
「西の、さらに西の南方にあるものですよ」
「交易品を探せば見つかるだろう」
壬氏は種子をつまむ。杏仁に似た形をしたそれは、独特の匂いを発していた。
「これはなんというんだ？」
壬氏の質問にAは答える。
「可可阿です」
と。
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届けられた可可阿は、種子のままではなく粉末になったものだった。
他に材料としてAが頼んだものは、すべて部屋に運び込まれている。
三人の侍女たちは野次馬精神で眺めていたが、紅娘が注意するとそれぞれ元の持ち場に帰って行った。
牛乳、乳酪、砂糖、蜂蜜に乾燥した果実、匂い付けの香草油。どれも栄養価の高い高級品であり、同時に強壮剤として利用されるものである。
Aは一度だけそれを食べたことがあった。粉を練って砂糖を混ぜ固めたもの、巧克力よ、とくれた妓女は言った。
指先ほどのかけらだったが、食べると蒸留酒を飲み干したように、妙に気持ちが明るくなった。
後で聞くと、邪な客が珍しい菓子だと言って渡したのだそうだ。残念だが、その客は様子の違うAを見たやり手婆に出入り禁止を食らったという。
記憶の中の巧克力は粉を油脂で固めたもの。今はまだ暑い季節、乳酪でうまく固められるとは思えないので、果実を包み込むことにした。
氷があれば完璧なのだが、さすがにそれは無理だろうと材料の中に入れなかった。
代わりに大きな素焼きの水瓶を用意する。水が半分ほどはってある。水の蒸発により内部は外気より幾分涼しく、ぎりぎり油脂が固まる温度だろう。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
